安心の設計
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認知症の人の身体拘束(下)患者の情報知り「縛らない」…病院内で連携 必要性を日々評価
改革で拘束率 15.6%→1.6%
美原記念病院(群馬県伊勢崎市、189床)は今年4月、身体拘束を可能な限り減らす病院改革に乗り出した。成果をあげている同病院の取り組みを追った。
9月中旬、脳 梗塞 で左半身にマヒが残る県内の女性(85)が、別の病院から同病院の回復期病棟に転院してきた。夫(85)と2人暮らし。認知症もある。
前の病院の急性期病棟に入院した2週間、女性は、ベルトで胴をベッドに固定されていた。動くからと両手をベッド柵に縛られた。点滴のチューブを抜いたことがあり、右手にミトン型の手袋が追加された。
転院先でも拘束がそのまま続くことは少なくない。だが、美原記念病院は、医師、看護師、リハビリ担当者、管理栄養士、社会福祉士らが女性の状態を丁寧にチェックし、拘束の必要性を改めて検討した。
車いすからベッドに移る時、両足で立てる。体の自由を奪わず、この身体機能を維持してほしい。チューブをつけられた不快感を和らげれば、引き抜かないのではないか。専門家たちの目を総合し、前の病院からの引き継ぎ内容より、女性の実際の状態がよいことを確認した。
検討に加わった全員が女性の病室を訪ね、女性と夫にあいさつした。「当院では縛りません」と伝えると、夫は「ああ、よかった。今まで縛られてずっと動けなかった」と安心した。
女性は、昼間は車いすなどで過ごし、ベッドに寝たままでいることが少なくなった。昼間に起き、夜に眠る生活のリズムも整った。女性には看護師らが常に目を配る。夫は、妻の表情に明るさが戻り、回復が進んでいくことを実感した。
■事故で安全対策優先も
美原記念病院は以前、身体拘束を減らすことを目指した。しかし、2008年のある夜、事故が起きた。ナースセンター内で、車いすにベルトで固定された70歳代の男性患者が、ベルトを外そうとして、テーブルの上のライターを手に取り火をつけた。全身やけどとなった。
その後、看護部は安全対策を優先し、拘束を強化した。同年に3%だった全体の拘束率は、17年8月には15.6%にあがった。
この状況に、看護部長の高橋陽子さんら多くのスタッフが危機感を抱いた。「拘束は何のために行うか」が、院内で議論された。患者の安全のためという理由で拘束することが、実は自分たちの「安心感」になってはいないか。
■不安や違和感解消
拘束削減の先駆的存在である金沢大学病院(金沢市、838床)にスタッフを派遣し、その実践に学んだ。かつて一般病棟と精神科病棟で、多い月は拘束帯やひもを10人弱の患者に使っていたが、16年2月、使用ゼロを達成した。11月以降はミトン型の手袋も使わなくなった。
その方針は明確だ。「身体拘束ゼロ」自体を目標にするのではない。患者に関する情報を集め、分析し、なぜ、問題となる行動を起こすのかを明確にする。環境の変化への不安や、チューブへの違和感が問題ならば、解消できるよう柔軟に対応を変える。結果として、身体拘束が減っていく。
「患者さんに関心を持つこと、患者さんを知ろうとすることにつきる」と、スタッフを派遣した高橋さんは結論づけた。
■看護師仕事に誇り
今年4月に始まった美原記念病院の改革では、病院全体の研修会や日々の事例検討会を重ね、拘束を減らした成功事例を集め、共有した。暴れることが多い患者でも、眠っている時間、点滴をしていない時間など、少しずつ拘束を減らすうち、全ての拘束を外したケースもあった。
現場は、専門研修を受けた院内の認知症ケアチームと緊密に連携した。一人でトイレに行く際の転倒などトラブルや拘束の原因になりやすい排せつのケアも徹底させた。拘束をしている患者については、その必要性を日々評価した。
15.6%だった患者の拘束率は、9月には1.6%に。事故はほとんど起きず、事故には至らないトラブルも月300件前後で一定している。拘束を減らしても、事故は増えないことが裏づけられた。8月には、3日間、病院全体で全く身体拘束をしない日が実現した。
当初は不安を抱えていた看護師たちも、仕事に誇りを持つようになった。
退院を目前に、女性の夫がしみじみと話した。「身体拘束を解かれた妻は、ずっと朗らかだった。体の自由を得ることがこんなに人を変えるなんて」と。
(この連載は医療部・鈴木敦秋が担当しました)
身体拘束に関するご意見、情報を医療部までお寄せ下さい。ファクス(03・3217・1960)。メール(iryou@yomiuri.com)
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