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心療眼科医・若倉雅登のひとりごと

コラム

目に見えず、測定できない感覚異常 医療現場で軽んじられがち

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目に見えず、測定できない感覚異常 医療現場で軽んじられがち

 運動と感覚の2大機能は、脳などの中枢神経が深く関わっており、人間が人間らしく生活するために重要です。脳の機能として大事なものにもうひとつ、「精神」がありますが、今回、それは横に置いて話を進めます。

 並び立つ両雄である運動や感覚の機能が不調をきたせば、その人の社会生活に大きく影響する大問題となることは疑う余地がありません。


運動の不調は外見で明らか 追体験できない痛み、まぶしさ、しびれ

 この中で、運動の不調は多くの場合、外見から明らかです。しかし、感覚は他人には見えませんし、感じられませんから、なかなかその不調を (おもんぱか) ることは難しいものです。ただし、感覚の中でも、視覚は視力や視野検査などで測定できますし、聴覚は聴力検査で数値化できますから、外見からは見えなくても、その検査結果で不都合を大まかには類推することができるでしょう。

 問題は、測定しにくい種類の感覚の異常です。例えば、痛みやまぶしさは他人には確認できません。他にも、しびれ、しみる、不快、違和感、疲れなど感覚異常を表す言葉はたくさんあります。どれも、わかるような気もしますが、その人の本当の感覚がわかっているとはいえず、決して追体験することもできません。

 こうした感覚異常は、外から見える障害よりも、どうしても軽んじられるのではないでしょうか。実際、医学の現場でも、動かない、曲がらない、変形しているなど目で見て明らかだったり、画像や数値上で異常が示されたりするものは、問題解決の対象に据えられやすいのですが、感覚異常は置き去りにされがちです。このことは、行政や一般社会にも影響していて、歩行障害という運動障害は障害として容易に認めてますが、頭痛、腰痛といった痛みがいくらひどくても、それだけでは障害にされないのです。このように、運動異常と感覚異常の両雄は平等には並び立っていないということです。

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201505_第4回「読売医療サロン」_若倉

若倉雅登(わかくら まさと)

井上眼科病院(東京・御茶ノ水)名誉院長
1949年東京生まれ。北里大学医学研究科博士課程修了。グラスゴー大学シニア研究員、北里大学助教授、井上眼科病院副院長を経て、2002年から同病院院長。12年4月から現職。日本神経眼科学会理事長、東京大学医学部非常勤講師、北里大学医学部客員教授などを歴任し、15年4月にNPO法人「目と心の健康相談室」を立ち上げ副理事長に就任。「医者で苦労する人、しない人---心療眼科医が本音で伝える患者学」、「健康は眼に聞け」「絶望からはじまる患者力」(以上春秋社)、「目の異常、そのとき」(人間と歴史社)、医療小説「茅花流しの診療所」(青志社)など著書多数。専門は、神経眼科、心療眼科。予約数を制限して1人あたりの診療時間を確保する特別外来を週前半に担当し、週後半には講演・著作活動のほか、NPO法人、患者会などでのボランティア活動に取り組む。

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