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精神科医・内田直樹の往診カルテ

もっと知りたい認知症

どう対応? 自殺リスク高い在宅患者

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 年間3万人を超えていた頃と比較すると自殺者数は減少していますが、慢性の病気を抱えた高齢の方は自殺のリスクが高く、在宅医療において自殺対策が重要になっています。心身の健康状態に加え、経済状況や人間関係など、様々な要因が影響するため、多面的でねばり強い対応が求められます。

不倫でクビ、離婚…酔った勢いで飛び降り

 Aさんは69歳の男性です。高校卒業後、父親から離れたい気持ちで福岡から上京し、専門学校に入学しました。その専門学校を中退した後、喫茶店で4年ほど働いたのちに自分の店を開きました。

 最初に自殺を図ったのは、28歳の時でした。店は既にたたんで知人の会社で働いていたのですが、職場の女性との不倫が原因で会社をクビになり、妻とも離婚しました。この時に、酒に酔った勢いで自宅マンションの3階から飛び降りましたが、落ちた場所が花壇だったこともあり、ほとんどケガはありませんでした。

過労で酒量が増え、遺書を書き…

 その後、飲食店勤務や肉体労働などを経て、故郷の福岡で再び飲食店をはじめました。店は繁盛しましたが、1人で切り盛りしていたため睡眠不足となり、ストレス発散に連日飲酒するようになりました。徐々に飲酒量が増え、毎日焼酎を4合ほど飲むようになりました。

 2015年9月頃から店をたびたび休んで自宅に引きこもるようになりました。同年11月、遺書を書き自室のベランダ(4階)から飛び降りました。駐車場で倒れているところを発見されて近くの総合病院に救急搬送され、骨盤骨折、両下肢骨折、頭蓋骨骨折、外傷性くも膜下出血が見られ、緊急手術が行われました。

「一生車椅子」悲観してうつ病に

 一命は取り留めたものの、一生車椅子での生活になるとわかったこともあり、「生きてる意味がない」と落ち込む日が続きました。精神科医にうつ病と診断され、抗うつ薬による治療が開始されました。

 一時は精神状態も安定していましたが、お金を借りていた闇金融の担当者から頻繁に取り立ての電話を受け、病棟の外で待ち伏せされたことをきっかけに、「せっかくうまくいってたのに、また人に迷惑をかける。生きてる資格がない」と抑うつ症状が悪化。抗うつ薬が増量されました。

 借金を清算するため、自己破産と生活保護申請の手続きがすすめられると、次第に精神的にも安定していきました。16年11月には生活保護申請が受理され、退院して福岡市西区にある住宅型有料老人ホームに入りました。これをきっかけに当院が訪問診療を行うこととなりました。

禁酒し、生活リズム整える

 初診時、「よろしくお願いします」と穏やかに挨拶されました。うつ病の症状は目立たず、食欲もあり、夜も眠れているとのことでした。現在も死を願う気持ちがあるのかを聞いてみたところ、「今は全く考えないです」との返答で、「もうお酒には懲りました。飲みたいと思わないです」と、禁酒の意思を示していらっしゃいました。

 ケアマネジャーと相談し、週に3回デイサービスに行き、生活リズムを作ることになりました。

 初診から10日後、2度目に訪問した際には浮かない表情でした。詳しく聞いてみると、「デイサービスで他のお年寄りと並んで塗り絵などの活動をしても……。やっていて恥ずかしく感じます」とのことでした。他のご老人たちと一緒に、お年寄り向けのプログラムに参加して1日を過ごすのが苦痛だというのです。

読書とデイサービスを楽しむ

どう対応? 自殺リスク高い在宅患者

 そう思うのも無理はないと感じたので、ケアマネジャーに相談し、他のデイサービスをいくつか見学してもらいました。比較的若い男性も参加しているデイサービスを選択され、そちらに通うことになりました。また、もともと読書が好きだったことがわかったため、図書館に通うことを提案したところ、ヘルパーさんと一緒に車椅子で図書館まで行き、本を借りる練習をしていらっしゃいました。

 その後、新しく通いだしたデイサービスに読書が好きな方がいて話が合うとのことで、今は通所を楽しみにしながら、施設で穏やかに過ごされています。

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内田直樹(うちだ・なおき)

医療法人すずらん会たろうクリニック(福岡県福岡市東区)院長、精神科医、医学博士。1978年長崎県南島原市生まれ。2003年琉球大学医学部医学科卒業。福岡大学病院、福岡県立太宰府病院を経て、10年より福岡大医学部精神医学教室講師。福岡大病院で医局長、外来医長を務めた後、15年より現職。日本精神神経学会専門医・指導医、日本老年精神医学会専門医、NPO法人日本若手精神科医の会元理事長。在宅医療の普及を目指して「在宅医療ナビ」のサイト運営も行っている。編著に「認知症の人に寄り添う在宅医療」(クリエイツかもがわ)。

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