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患者と情報共有 医療者の義務…カルテ開示の壁 1枚数千円も
カルテの開示は医療機関の義務で、患者が自分の病気や治療の情報を知る当たり前の権利だ。だが、中には高額な料金を請求する医療機関があり、開示の請求をためらわせる要因になっている。手術死の続発が問題になった群馬大学病院が、入院患者が電子カルテを自由に閲覧できるシステムを導入するなど、一部で先進的な取り組みもあるが、患者との情報共有が進みにくい現実は今なお残っている。
「カルテの情報は患者のもの。なぜ、こんなにお金がかかるのだろう」。大阪市の大学教授、黒坂真さん(57)は疑問を感じた。
近くの診療所で2017年、家族のカルテ開示を求めると、約10万8000円を請求された。カルテは約30年分の400枚で、コピー代は1枚270円。カルテは障害年金の請求に必要で、やむなく支払ったが疑問はぬぐえなかった。
市民団体「医療情報の公開・開示を求める市民の会」(大阪市)に相談した。同会が質問状を送ったところ、診療所は「コピー代を1枚20円に見直した」として、手数料1万円分を除いた約9万円を返還した。黒坂さんは「開示を断念させるために高額な請求をしたのではないか」と不信感を抱く。
カルテ開示は、個人情報保護法に基づき病院や診療所に義務づけられている。手数料は実費を踏まえた合理的な範囲内とされるが、金額の基準はない。
厚生労働省が17年、高度な医療を提供する特定機能病院など計87病院を調べたところ、白黒コピー1枚でも5000円以上の手数料を徴収するところが16%。3000円以上だと31%を占めた。1回の手数料が5400円で、コピー代が1枚54円の東京女子医科大学病院(東京都)の担当者は「他の大学と比べて料金を設定した」と説明する。
閲覧に医師の立ち会いを必須とした病院は5%あった。厚労省は「開示の機会を不当に制限する恐れがある」として不適切と指摘した。
積極的な病院もある。京都民医連中央病院(京都市)は03年から、小児科ですべての患者にカルテのコピーを配布している。手数料などは無料だ。
東京都の女性(39)は帰省中の今年8月、長男(1)の高熱が下がらず受診。全身の血管に炎症が起こる川崎病と診断され、初めて聞く病名に不安が募った。
そんな女性を救ったのが毎夕配布されるカルテだ。医師の説明中は動揺して上の空だったが、付き添いで病室に泊まった夜、気持ちが落ち着いてから読むと、症状や治療法がわかりやすく書かれていた。
女性は「何度も読むと不安が減った。『当たり前のこと』としてカルテが患者に渡るようになってほしい」と望む。
松原為人院長は「患者さんや家族との情報共有は、医療の安全や質の向上という面でも大切なこと。患者さんの医療への積極的な参加にもつながる」と、カルテ配布の意義を強調する。
群馬大病院では来年1月、入院中の患者や家族が、電子カルテを閲覧できるシステムを導入する。患者自ら病棟の端末を操作し、無料で見られるようにする。患者への説明が不十分で、手術前後のカルテ記録が乏しかった反省に立ったものだ。
カルテ開示に詳しい弁護士の加藤高志さんは「普段から開示されていれば医師と患者の信頼関係は深まる。高額請求は論外だが、積極的に取り組む医療機関には診療報酬上のメリットがあるような仕組みにしてはどうか。国は開示しやすい環境づくりをすべきだ」と指摘している。
対象は関連全記録 法に根拠
「自分のカルテを見たり、コピーしたりできると知っている人は、実は多くありません」
「医療情報の公開・開示を求める市民の会」副代表の岡本隆吉さんは言う。患者の権利に関する厚生労働省の検討会が2015年に公表した調査によると、医療機関のカルテ開示義務を「知らない」と回答した患者は全体の4割もいた。
開示請求したい場合は、まず運転免許証などの身分証明書を持って病院の窓口を訪ねよう。この時、「個人情報保護法に基づいて開示請求をしたい」と伝えるのが重要なポイントだ。
医療機関がカルテを開示する根拠には、同法と、厚労省が定めた指針の二つがある。指針は同法ができる前に作られたもので、任意の提供を定めているだけ。05年に同法が施行され、開示が法的義務になった。だが、それを知らないと、指針をたてに拒まれる可能性もある。
開示の対象は、カルテだけではない。「検査診断記録や処方箋、看護記録、画像記録、他院からの紹介状など関連記録」と用紙に記入すれば、治療に関連する情報を漏らさず得ることができる。手数料が高額な場合、その根拠を尋ねてみることも大切だ。請求から開示までには、1か月程度かかることが多い。
(加納昭彦)
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