いのちは輝く~障害・病気と生きる子どもたち 松永正訓
医療・健康・介護のコラム
腸が胸に入り込み、肺がほとんどない超重症 先天性横隔膜ヘルニアの赤ちゃんを救うには…
死亡率は40%に上昇 成績が悪化した理由
日本小児外科学会は5年おきに、日本中の小児外科施設を対象とした新生児外科疾患の実態調査を行っています。それによると、他の疾患の救命率がどんどん改善していく中で、横隔膜ヘルニアだけが悪化していったのです。1988年には、死亡率が40%に達し、最悪の成績となりました。
なぜでしょうか? 理由は一つしか考えられません。
今までは、町の産院で生まれた、言わば「重症」の横隔膜ヘルニアの治療をしていた。ところが胎児エコー検査によって、本来は「死産」という形になって、大学病院まで搬送すらできなかった「超重症」の横隔膜ヘルニアまで治療するようになったからです。
「超重症」の赤ちゃんは、胎生期の早い時期から胸の中に腸が入り込むために、圧迫されて肺が育っていません。横隔膜ヘルニアは通常、左の横隔膜に孔があり、腸が入り込みます。すると左の肺が縮こまるのは当然として、心臓が右側に押されるために、右の肺も押しつぶされてしまうのです。少しオーバーに言えば、ほとんど肺がないような状態で赤ちゃんは生まれてきます。
従って、人工呼吸器を使っても、肺で酸素を取り入れることができませんから、全身のチアノーゼや循環不全は解消されません。私が経験した最も重篤な症例は、酸素をまったくと言っていいほど取り込むことができず、みるみる全身が黒くなって、24時間もしないうちに心臓が止まってしまいました。
人工肺を使う命がけの治療 妊娠継続をあきらめる夫婦も
こうした赤ちゃんを救うために、90年代に私たちが考えた治療法は、ECMO(エクモ)と呼ばれる体外循環でした。赤ちゃんの首の静脈から太い管(カテーテル)を挿入し、心臓の中の血液を体外に誘導します。血液は人工肺で酸素を取り入れ、赤い血になります。赤い血は首の動脈から赤ちゃんに戻され、全身を巡ります。こうしているうちに赤ちゃんの容態が安定し、そのタイミングで手術をするのです。
血液が固まってしまうと、赤ちゃんは即死します。そのため、血液凝固阻止剤をECMOの回路の中に入れます。しかし、血を固まりにくくすると、今度は脳内出血のリスクが生じます。命がけの治療と言ってもいいでしょう。
胎児エコー検査で、肺の容積があまりにも小さい場合、私たちはECMOの準備を検討し、両親にそのことを伝えます。ところが、この大変危険な治療法について説明されることによって、妊娠継続の意欲を失ってしまうカップルがいることも事実です。
赤ちゃんを「死産」から救ったのは
2008年以降、横隔膜ヘルニアの治療成績はずいぶんと改善していきました。その理由は、決してECMOが日本中に広まったからではありません。全国の小児外科施設が、施設の垣根を越えて共同研究し、赤ちゃんの呼吸や循環を改善させる方法を少しずつ進歩させていったからです。現在でもECMOは使われますが、その頻度は減っています。
胎児エコー検査がなければ死産と判定されかねない赤ちゃんが助かるようになったのですから、これは胎児診断と小児外科学の大きな進歩だと思います。(松永正訓 小児外科医)
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