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医療部発

医療・健康・介護のコラム

群馬大で手術死 25歳は「惜しい」、80歳は「仕方ない」?

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25歳で亡くなった小野里美早さん。群大病院の看護師だった彼女の記事には多くの共感が寄せられた

25歳で亡くなった小野里美早さん。群大病院の看護師だった彼女の記事には多くの共感が寄せられた

 80歳の人は、手術で死んでも仕方ないのか――。

 取材を通じてそんな問いかけに突き当たった。

 群馬大学病院で問題になった手術死の続発。亡くなった患者の一人は看護師だった小野里 美早(みさ)さん。25歳だった。彼女に関する記事は何度か書いてきた。本人の日記や家族の闘病日誌のこと、唯一の遺族である兄・和孝さんへのインタビュー――。読者の反響は、惜しむ声や共感がほとんど。それに対して、80歳で亡くなった木村貞治さんの遺族である息子、豊さんにインタビューした記事では、好意的なコメントも多かったが、「仕方ない」「十分長生きしたのでは」という冷めた反応も目についた。

80歳で亡くなった木村貞治さんの写真を手に、豊さんは「怒ったところはほとんど見たことがない。やさしい父でした」と話す

80歳で亡くなった木村貞治さんの写真を手に、豊さんは「怒ったところはほとんど見たことがない。やさしい父でした」と話す

 肝胆膵(かんたんすい) 外科の手術後に死亡が続発したという群馬大学病院の医療事故は2014年に発覚し、大規模な調査が行われて2016年に結果が公表された。それにより、手術できるかどうかの判断や手術の技量、術後管理といった診療内容だけでなく、病院の体制にも問題があったことがわかっている。そして、この件は今年8月、一つの節目を迎えた。謝罪や再発防止策の実現、補償について病院と交渉してきた遺族会が、病院側と合意書を取り交わしたのだ。


孫の結婚式控え、「早く元気に」と手術受けた81歳男性

 それを機に、お盆明けの8月中旬、木村さんとは別の高齢な患者の遺族を訪ねた。父を81歳で亡くした女性の一家である。

 女性は、父の無念を代弁するように語った。

「最期の最期はこんなふうにしたい――誰しもそういう気持ちがあるでしょう? 父にも、そんな思いがあったはずです。それなのに、思ってもいない人生の閉じ方をすることになりました。それがあまりにもかわいそうで……」

 女性の父親、仮に武雄さんと呼ぼう。武雄さんは2010年11月、群馬大学病院で肝内胆管がんを切除する開腹手術を受け、1か月半ほどで亡くなった。日本外科学会による医学的検証では、高齢であることや体の状態から、手術してはいけない症例と判断された。もともと肺や腎臓に持病があった武雄さんだが、「手術すれば治る、お正月には家に帰れる、と言われたから受けたのに」と語る家族には、大きな後悔が残った。

 武雄さんは、「まじめできちんとした人だった」という。家族で出かけるとなれば、チケットや宿の手配はもちろん、荷物をまとめるのも手際よくやってくれる。スーツやワイシャツも自分で整え、季節ごとの手入れを怠らない。仲間とゲートボールを楽しみ、妻や子どもたち、孫たちとの時間も大切にしていた。

 「きちんとした人だから、最期は覚悟して、身の回りを整理したかったに違いないと思います。例えば、見られたくないものだってあったかもしれない。母や私たちに言い残したいこともあったでしょう。私自身も、いろいろ心残りがあります。もう一度、お風呂に入らせてあげたかった。父は清潔好きで、お風呂が大好きだったんです。毎日必ず入っていました。でも入院してから、一度もお風呂に入れないまま亡くなってしまったんです」

 医師の勧めに従い、すぐに手術を決めたのは、リスクの説明が不十分だったことに加え、孫の結婚式を控えていたから、という事情もあった。近所に住み、幼い頃からかわいがって育ててきた孫が、花嫁を迎える日。武雄さんは、何より楽しみにしていた。大切なその日を迎えるためにも早く元気にならなければと思ったに違いない。

 「父はきっと、先生にもうれしそうに話していたのではないかと思います。悔やんでも悔やみきれません。結局、手術したがために結婚式に出席することはできなかったんですから」

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医療部発12最終300-300

読売新聞東京本社編集局 医療部

1997年に、医療分野を専門に取材する部署としてスタート。2013年4月に部の名称が「医療情報部」から「医療部」に変りました。長期連載「医療ルネサンス」の反響などについて、医療部の記者が交替で執筆します。

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2件 のコメント

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がんではない高齢者に医者は冷酷

マキ

この記事を書いていただいて感謝します。「他人から見ると、老いさき短い年寄りが死んだ、ということかもしれないけれど、80歳を過ぎていても、家族にと...

この記事を書いていただいて感謝します。「他人から見ると、老いさき短い年寄りが死んだ、ということかもしれないけれど、80歳を過ぎていても、家族にとっては大切な命。」という言葉、私と同じ思いの人がいるのだと読んでいて涙が出ました。昨年の6月に87歳の父を亡くしました。80過ぎて心臓外科の最新の手術を受けたときは、お医者さんたちは大変親切でした。昨年急に具合が悪くなって同じ病院に運び込まれたときは、手術もできない状況だからか、手のひらを返したように冷たい態度で、意識もしっかりしている父の前で「こんなに生きたのだから大往生だ」と言い放たれたときは耳を疑いました。2年前に再度手術をすすめられたときに父がいやだといって私がどうしたらよいかと聞いたときも「手術しないなら死んでもいいということですね。延命措置はなしということで。」冷たく言われて、手術しないなら診察に来ても無駄、というような態度でしたので病院から遠ざかっていました。高齢者に難しい手術をすると業績になるが手術しないなら高齢者は死ぬだけの存在と考えているのではないか、という疑念を持っていましたが、その疑念が確信に変わりました。父は3日入院して亡くなりましたが、医者からみたら当然の死でしょう。心臓や血管関連の病因で病院に運び込まれる場合、家族は動揺しています。そのときに「手術しないって言ったんだから死ぬしかない。高齢なんだからもう十分生きたから死んでも大往生だ」と医者に言われたらどんなにショックで傷つき後悔に苦しむか、医者はよく考えてほしいです。自分の親が高齢で同じような状況になったら、「しかたない」と言えるか、と想像してもらいたいです。家族や大切な人の死、特に急な死に対して、高齢だから「大往生」と遺される家族に言うことの残酷さをわかってほしいです。

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一つの医療自己・訴訟から繋がってくること

寺田次郎 関西医大放射線科不名誉享受

年齢で比較するのは一般人の心情に訴えかけるには有用ですが、実際には状況次第です。 60歳でも典型的な症状と病態の患者もいればそうでない人もいて、...

年齢で比較するのは一般人の心情に訴えかけるには有用ですが、実際には状況次第です。
60歳でも典型的な症状と病態の患者もいればそうでない人もいて、10歳でも重病で助かる可能性の低い状況の子供もいるでしょう。
そういったことは専門的だと決めつけられて議論には昇らないこともあります。

それに命の価値は主観的な要素が大きいものです。

争点はどこなんでしょうか?

腹腔鏡手術の利点のみが強調され、適性や習熟度が無視され、施設や地域のメンツをかけて無理をし過ぎたことが忘れられています。
開腹手術の成績もあまりよくない術者だったことからも外科医の適性とかその評価がどうだったのかという疑念が付きまといます。
センスだけでできるものでもないですが、適性外の人間に何度もやらしてしまう問題、寝不足でもやらざるを得ない問題がそこにはあります。
その背景には外科医を選んだあとのセカンドキャリアの問題があります。(他科医でも同じです。)

日本の医学部の大半は地方都市にあります。
ということは群馬大学だけの問題ではありません。
他地方や他科でもいっとき医療訴訟が立て込んだ時期がありましたが最近は減りました。
その結果として医療はどうなったのか、そしてどこに向かうのかを考える必要があります。
そしてそれは救急医療のパンクとも関係があります。
また弁護士が増えたことや画像診断の進歩も医療訴訟の増加に影響を与えています。
実はそうやって考えると様々なことに繋がっています。
そういう目線でもって、この事件を風化させないことが不幸な患者を減らすことになります。
誰だってミスもあるし体調が悪い時もあります。
若手医師も適性外や組織親和性の低い就職先を選んでしまうこともあります。
その事とどう向かい合うか日本の医療関係者の集団知性が試されています。

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