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医療部発

医療・健康・介護のコラム

群馬大で手術死 25歳は「惜しい」、80歳は「仕方ない」?

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無念の急な旅立ち 「何歳で」よりどう亡くなったかが大切

「2週間で退院できると私たちに説明してくれたが、本当に先生はそう思っていたのか」。高齢の父を亡くした女性は疑問を手帳に書き留めていた

「2週間で退院できると私たちに説明してくれたが、本当に先生はそう思っていたのか」。高齢の父を亡くした女性は疑問を手帳に書き留めていた

 武雄さんは術後、痛みや発熱に苦しみ、生死の境をさまよった。亡くなる数日前、容体の悪い武雄さんを残して、結婚式の衣装合わせに出かけなければならなかった日。最後のやりとりを、女性は忘れることができない。

 「お父さん、行ってくるね」

 声をかけると、武雄さんは何か話そうとしたが、聞き取れなかった。

 「お父さん、聞こえない。今しゃべらなくても、午後に透析してもらったらよくなるから。それから話そう」

 そう言ってはみたものの、不安に襲われた。声さえうまく出せない様子。大丈夫だろうか。自分自身に言い聞かせるように、続けて励ましの言葉をかけた。

 「お父さん、大丈夫だから。お父さんは絶対に死なないから。お父さんを死なせないから。私、思わずそう言っていました。そうしたらお父さん、それまで泣いたところなんて家族に見せたことなかったのに、ぽろぽろって、涙をこぼしたんです」

 その日の夕方、急変の知らせで病院に戻ると、武雄さんは意識を失っていた。それから亡くなるまで5日ほど、言葉を交わすことはなかった。

 いまでも家族の間では、武雄さんのことが話題に上らない日はない。こんな天気のいい日は、自転車に乗って来たな。大好物のおそばがおいしい季節だね。そろそろゲートボールの練習が始まる時間だよ――。

 「寂しいです。あんな死に方をさせてしまって、悔しいです。父のことがあって、考えさせられました。生活しながらだんだん、がんが進んで、 看取(みと) っていたら、まだあきらめもついたでしょう。大切な家族を急に失ったとき、遺された人の負担はすごく大きい。覚悟して見送るのとは、全然違うと思います。 (のこ) された高齢の母ががんになっても、手術はさせたくない」

 がんは本来、急に命を落とす病気ではない。徐々に進行し、覚悟しながら最期の日々を過ごせる病気なのだ。以前、進行したがん患者を診ている腫瘍内科医たちに取材したとき、彼らがこう言ったのが印象に残っている。

 「自分が死ぬときは、がんがいいなと思っています。がんなら、死ぬまでにいろんな準備ができますから」

 武雄さんは、その機会を失った。そして、術後の重い合併症に苦しみ続け、無念の思いで急な旅立ちを余儀なくされた。「何歳で亡くなったか」というより、「どんな亡くなり方をしたか」。本人はもちろん、遺された家族にとっても、そのことが本当に大切なことなのだと知らされた。それは家族の心に、大きな影響を及ぼす。

 25歳で亡くなった小野里美早さんの兄、和孝さんは、妹を亡くして5年の間に、父と母も続けて亡くしている。両親も美早さんと同じくがんだったが、医師から適切な説明を受け、納得して最期の日々を過ごしたという。短い期間に家族3人との死別を経験した和孝さんは「両親のときと妹のときでは、全然違った」と語っている。「両親の病院では悪いことも含め詳しく説明があり、心の準備ができた」というのだ。このことが、「妹の受けた医療はおかしい」と、彼に気付かせるきっかけにもなった。

 女性は、81歳だった父、武雄さんを失った心境を語った。

 「家族にとっては、一日一日がすごく寂しいんですよ。他人から見ると、老いさき短い年寄りが死んだ、ということかもしれないけれど、80歳を過ぎていても、家族にとっては大切な命。だって、命は一つしかないんですよ。1歳だろうが、80歳だろうが、命は一つですから。若い方にはわからないことなのかもしれませんね。私も若い頃は、そうだったのかもしれないです。でも年齢を重ねれば、誰もが気付くことなんじゃないでしょうか」

 超高齢社会とも言われるいま、誰もがいずれ直面することかもしれない。「幸せな旅立ち方」とは、どんなものだろう。

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高梨 ゆき子(たかなし・ゆきこ)
読売新聞医療部記者。
社会部で遊軍・調査報道班などを経て厚生労働省キャップを務めた後、医療部に移り、医療政策や医療安全、医薬品、がん治療、臓器移植などの取材を続ける。群馬大病院の腹腔鏡手術をめぐる一連のスクープにより、2015年度新聞協会賞を受賞。著書に「大学病院の奈落」(講談社)がある。

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医療部発12最終300-300

読売新聞東京本社編集局 医療部

1997年に、医療分野を専門に取材する部署としてスタート。2013年4月に部の名称が「医療情報部」から「医療部」に変りました。長期連載「医療ルネサンス」の反響などについて、医療部の記者が交替で執筆します。

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2件 のコメント

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がんではない高齢者に医者は冷酷

マキ

この記事を書いていただいて感謝します。「他人から見ると、老いさき短い年寄りが死んだ、ということかもしれないけれど、80歳を過ぎていても、家族にと...

この記事を書いていただいて感謝します。「他人から見ると、老いさき短い年寄りが死んだ、ということかもしれないけれど、80歳を過ぎていても、家族にとっては大切な命。」という言葉、私と同じ思いの人がいるのだと読んでいて涙が出ました。昨年の6月に87歳の父を亡くしました。80過ぎて心臓外科の最新の手術を受けたときは、お医者さんたちは大変親切でした。昨年急に具合が悪くなって同じ病院に運び込まれたときは、手術もできない状況だからか、手のひらを返したように冷たい態度で、意識もしっかりしている父の前で「こんなに生きたのだから大往生だ」と言い放たれたときは耳を疑いました。2年前に再度手術をすすめられたときに父がいやだといって私がどうしたらよいかと聞いたときも「手術しないなら死んでもいいということですね。延命措置はなしということで。」冷たく言われて、手術しないなら診察に来ても無駄、というような態度でしたので病院から遠ざかっていました。高齢者に難しい手術をすると業績になるが手術しないなら高齢者は死ぬだけの存在と考えているのではないか、という疑念を持っていましたが、その疑念が確信に変わりました。父は3日入院して亡くなりましたが、医者からみたら当然の死でしょう。心臓や血管関連の病因で病院に運び込まれる場合、家族は動揺しています。そのときに「手術しないって言ったんだから死ぬしかない。高齢なんだからもう十分生きたから死んでも大往生だ」と医者に言われたらどんなにショックで傷つき後悔に苦しむか、医者はよく考えてほしいです。自分の親が高齢で同じような状況になったら、「しかたない」と言えるか、と想像してもらいたいです。家族や大切な人の死、特に急な死に対して、高齢だから「大往生」と遺される家族に言うことの残酷さをわかってほしいです。

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一つの医療自己・訴訟から繋がってくること

寺田次郎 関西医大放射線科不名誉享受

年齢で比較するのは一般人の心情に訴えかけるには有用ですが、実際には状況次第です。 60歳でも典型的な症状と病態の患者もいればそうでない人もいて、...

年齢で比較するのは一般人の心情に訴えかけるには有用ですが、実際には状況次第です。
60歳でも典型的な症状と病態の患者もいればそうでない人もいて、10歳でも重病で助かる可能性の低い状況の子供もいるでしょう。
そういったことは専門的だと決めつけられて議論には昇らないこともあります。

それに命の価値は主観的な要素が大きいものです。

争点はどこなんでしょうか?

腹腔鏡手術の利点のみが強調され、適性や習熟度が無視され、施設や地域のメンツをかけて無理をし過ぎたことが忘れられています。
開腹手術の成績もあまりよくない術者だったことからも外科医の適性とかその評価がどうだったのかという疑念が付きまといます。
センスだけでできるものでもないですが、適性外の人間に何度もやらしてしまう問題、寝不足でもやらざるを得ない問題がそこにはあります。
その背景には外科医を選んだあとのセカンドキャリアの問題があります。(他科医でも同じです。)

日本の医学部の大半は地方都市にあります。
ということは群馬大学だけの問題ではありません。
他地方や他科でもいっとき医療訴訟が立て込んだ時期がありましたが最近は減りました。
その結果として医療はどうなったのか、そしてどこに向かうのかを考える必要があります。
そしてそれは救急医療のパンクとも関係があります。
また弁護士が増えたことや画像診断の進歩も医療訴訟の増加に影響を与えています。
実はそうやって考えると様々なことに繋がっています。
そういう目線でもって、この事件を風化させないことが不幸な患者を減らすことになります。
誰だってミスもあるし体調が悪い時もあります。
若手医師も適性外や組織親和性の低い就職先を選んでしまうこともあります。
その事とどう向かい合うか日本の医療関係者の集団知性が試されています。

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