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Dr.イワケンの「感染症のリアル」

医療・健康・介護のコラム

過去の病気? いえいえ、そんなことはないコレラの話

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 コレラと聞いても、ピンとこない方も多いのではないでしょうか。日本ではめったに見なくなった病気です。

 とはいえ、日本でも昔は流行してたんですよ、コレラ。

 コレラは、ビブリオ・コレラ(Vibrio cholerae)という菌が起こす病気の名前です。汚染された水や食物を介して口から感染し、下痢の原因になります。19世紀から世界的な流行があちこちで起きるようになりましたが、同時期に日本でも流行しました。ちょうど幕末の頃で、多くの死者が出たと言われています(が、詳しいことはよく分かっていません)。

米のとぎ汁のような下痢便 脱水によって「コロリ」

過去の病気? いえいえ、そんなことはないコレラの話

 どうしてコレラで死亡するのかというと、脱水するからです。コレラ菌はコレラ毒素という毒を作るのですが、これが腸管の細胞にくっついて、体内の水分やミネラルを腸の中に奪っていきます。これが下痢便となるのですが、あまりの水の量で、「米のとぎ汁」のような水の便が出ます。人間の体の大部分は水分からできていますし、細胞の活動はナトリウムやカリウムのようなミネラルに大きく依存しています。水とかミネラルを失うと、人間はあっという間に死んでしまいます。だから、コレラは恐ろしいのです。あっという間に人が死ぬので(?)、日本では「コロリ(虎狼痢)」とも呼ばれていたそうです。よって、コレラの治療は抗生物質とかよりも、水分とミネラルの補充のほうがメインになります(抗生物質を必要としないケースも多いです)。

 ぼく自身は、コレラの患者さんは途上国での疫学調査で対象にしただけで、患者さんとして診療したことはありません。が、2014年にエボラ出血熱対策のためにアフリカに行ったとき、「そうか、コレラってこういう病気なのか」と納得しました。

 エボラというと「出血熱」という名からイメージされるように、血を体中から出す病気だと思われがちです。けれども、実際に出血するのは少数派でして、ほとんどの患者さんは熱と 嘔吐(おうと) 、下痢に苦しみます。1日10リットルとも言われる大量の水分とミネラルが失われるのが特徴です。アフリカでも患者さんが脱水しないよう、ミネラルを失わないよう、点滴をガンガン落として治療していました。その間もゲーゲー、患者さんは水のような 吐物(とぶつ) を吐き、水のような下痢便を出しています。水分喪失のために力もなくなって、トイレに歩くことすらままなりません。

 エボラ対策の時は、ぼくたち医療者自身が感染しないようにガチガチの防護服を着るのですが、これが暑くて大変なんです。こういう防護服を着ながら患者さんをトイレに連れて行ったり、体を拭いたりして、看護師さんも医師も一緒になって作業するのですが、1時間もたつとヘトヘトになります。疲労 困憊(こんぱい) なままで医療をして、自分が感染したら大変ですから、時間が来たら病棟から出て、防護服も全部脱いでぼくらも水分補給。まあ、大変な病気だと思いました。

 おそらく、コレラもこういうイメージの病気なのでしょう。

 教科書の写真では、コレラ患者が寝たままで 排泄(はいせつ) できるよう、ベッドの真ん中に穴が空いていて下にバケツが置いてあります。「コレラポット」というのですが、脱水で歩けなくなった患者さんが米のとぎ汁様の下痢便を排泄できるように工夫したものです。ときに、みなさんは米とか研いだことありますか? 最近はコンビニで「ごはん」を売ってますもんねー。伝わっているのかな? ぼくの話。

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岩田健太郎(いわた・けんたろう)

神戸大学教授

1971年島根県生まれ。島根医科大学卒業。内科、感染症、漢方など国内外の専門医資格を持つ。ロンドン大学修士(感染症学)、博士(医学)。沖縄県立中部病院、ニューヨーク市セントルークス・ルーズベルト病院、同市ベスイスラエル・メディカルセンター、北京インターナショナルSOSクリニック、亀田総合病院(千葉県)を経て、2008年から現職。一般向け著書に「医学部に行きたいあなた、医学生のあなた、そしてその親が読むべき勉強の方法」(中外医学社)「感染症医が教える性の話」(ちくまプリマー新書)「ワクチンは怖くない」(光文社)「99.9%が誤用の抗生物質」(光文社新書)「食べ物のことはからだに訊け!」(ちくま新書)など。日本ソムリエ協会認定シニアワインエキスパートでもある。

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