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【平成時代】(下)ICTと就労…働く障害者 PCで増加
福祉の受け手から支え手に
平成時代に急速に進んだ情報通信技術(ICT)は、障害者の働き方も変えた。最終回は、ICTを活用し、障害者の就労支援に取り組む社会福祉法人プロップ・ステーション(神戸市)理事長の竹中ナミさん(69)に話を聞いた。
《1991年5月、仲間とともにプロップ・ステーションを設立した。propは英語で「支え」という意味だ》
重い障害のある長女(45)を育てる中で、多くの障害者と出会った。ただ当時、障害者は介護や支援など「福祉の受け手」という社会の認識が強かった。障害が重くても、働いて税金を納め、「社会の支え手」に回れるシステムを構築したかった。
スローガンは「障害者からchallenged(チャレンジド)へ」。米国で「挑戦するチャンスを与えられた人」という意味で使われる表現だ。スローガンを実現するためICTに着目した。
すでに、パソコンを使った仕事に関心があるチャレンジドは多かった。手や目などに障害があっても、ICTを活用すれば、様々な仕事が在宅でもできるからだ。
そこで、パソコンセミナーを始めた。IT企業の一流の技術者やコンピューターメーカーの社員が、エクセル、グラフィックデザインなどのソフトの使い方を教え、受講料は10回の講義(1回90分)で計1万5000円程度。企業や自治体の後押しもあり、これまでに延べ3万人が受けた。
《93年、日本でインターネットの商用利用が開始。95年には米マイクロソフトの基本ソフト「ウィンドウズ95」が発売された》
チャレンジドにとって働くチャンスが徐々に広がっていった。受講生の中から、自宅でデザインやウェブサイト制作などをする人も多数誕生。日本マイクロソフトに入社した人、障害者施設のベッド上で起業した人、専用ソフトで絵を描く仕事をする知的障害者もいる。
昨年、プロップのスタッフになった真野 剛 さん(25)は、脳性まひのため車いすで生活し、未熟児網膜症で全盲。それでも、パソコン画面の文字を音声に変換するソフトを使い、両手の人さし指と中指でキーをたたいて、書類の英訳の仕事をしている。昭和時代には考えられなかったことが可能になった。
2017年度からは、神戸市からの委託で、「しごとサポートICT」というセンターを運営し、チャレンジドからの多様な相談に乗っている。また、兵庫県からの委託で、クラウド上で企業が在宅のチャレンジドに仕事を発注できるシステムを開発中だ。
《今年8月、中央省庁などで、障害者の雇用率を水増ししていたことが判明した》
許せないことだが、これからのチャレンジドの就労支援を考えるきっかけととらえるべきだ。雇用にばかりこだわるのでなく、在宅ワークや起業など、多様な働き方を広める制度を検討してほしい。
人口減で支え手が減る中、意欲のある人が一人でも多く働ける社会にしなければ、平成後の日本は立ち行かない。多様な働き方が可能になれば、「通勤がたいへんで働けない」という子育て中の女性や高齢者も含め、チャレンジドの力をもっと社会に生かせるはずだ。
◇たけなか・なみ プロップ・ステーション理事長。国の財政制度等審議会委員、中央教育審議会初等中等教育分科会臨時委員も務めている。神戸市生まれ。「ナミねぇ」の愛称で親しまれる。
法定雇用率の導入
障害者の雇用は、法律に基づき、国が企業や公的機関を後押しするかたちで広がってきた。最初の法律は1960年に制定された「身体障害者雇用促進法」だ。同法は87年に「障害者雇用促進法」に改められ、対象が知的障害者や精神障害者にも広がった。この間、一定割合の雇用を義務づける「法定雇用率」も導入された。
法改正に呼応し、比較的簡単な作業を知的障害者に丁寧に教え、貴重な戦力として活用する企業も増えていった。
一方、うつ病や統合失調症など精神障害者の雇用や継続就労が、多くの企業で課題となっている。
この連載は、小山孝、粂文野、安田武晴が担当しました。
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