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精神科医・内田直樹の往診カルテ

コラム

認知症の悪化の原因が抗認知症薬!?

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 認知症は、アルツハイマー型が特によく知られていますが、そうでないものも少なくありません。症状や進行の速度はタイプによって異なるので、対応を間違えると、それだけで病気を悪化させかねません。

 福岡市のAさん(88)は、50代まで競輪選手として活躍した後、妻と焼き鳥店を開業しました。社交的で男気のあるAさんを慕って来店する客も多く、繁盛したそうです。70歳になると、店は娘家族に任せ、妻とテニス三昧の日々を送りました。

 Aさんにもの忘れが目立つようになったのは、80代になったころです。同じことを何度も聞き、忘れ物を繰り返す――。ただ、本人は「年相応だ」と意に介しませんでした。

友人の指摘で受診し、服薬で悪化

認知症の悪化、誤った診立てで薬を処方されたから

 受診のきっかけは、友人たちからの指摘でした。同窓会の幹事を引き受けたのに役割をうまく果たせず、間違いを指摘されると怒り出す、と娘に連絡がありました。Aさんも、「あいつらが言うなら」と、今年2月、近くの脳神経外科を受診しました。

 認知症の代表的な評価スケール「改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)」(30点満点で、点数が低いほど認知機能障害が重い)は22点。しかし、短期記憶障害が目立ち、MRI(磁気共鳴画像装置)による画像診断で特に海馬の萎縮が見られたため、「軽度のアルツハイマー型認知症」と診断されました。

 抗認知症薬を飲むようになったAさんは、その数日後から「無理やり病院に行かされた」「皆が俺をぼけ老人扱いする」とひどく興奮するようになりました。怒りっぽくなり、「ばかか!」「何回も言わせるな!」と暴言も増えました。家族がかかりつけ医に相談すると、「興奮を抑える」という抗認知症薬が追加されました。

 2種類の薬を飲むようになったAさんは、興奮はしなくなりましたが、急に元気を失い、布団から出なくなりました。一人では食事もできません。歩行がおぼつかないのでおむつを使うことになりましたが、装着にひどく抵抗します。

妻が急死し、施設に入所

 妻は介護保険も利用しながらそんなAさんを支えていましたが、6月のある日、買い物中に腹部大動脈 (りゅう) 破裂で倒れ、亡くなりました。一人暮らしが困難と判断されたAさんは、住宅型有料老人ホームに入所しました。

 初めて私の診察を受けたAさんは、入所について「妻が死んだから仕方ない」と認識しており、施設の居心地もよいと語りました。ただ、HDS-Rは17点と悪化しており、話すのも 億劫(おっくう) な様子。2種類の抗認知症薬のどちらも最大量使われているのが、かえって状態を悪化させているのでは、と感じました。

 周囲がAさんのもの忘れに気づいて10年近くたつのに、1年前に薬を始めるまで認知症がほとんど進行していなかったことも気になりました。そこで、改めて以前のMRIを見直すと、HDS-Rの結果以上に海馬が萎縮していました。

アルツハイマー型ではなかった――薬をやめ、施設でにぎやかに過ごす

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 「これは、 嗜銀顆粒性(しぎんかりゅうせい) 認知症では?」と疑いました。特徴は、1)端緒は記憶障害だが、進行がゆっくりで抗認知症薬の効果が非常に乏しい、2)怒りっぽくなり、時には暴力行為がみられる、3)海馬の萎縮の程度がHDS-Rの結果を上回る――です。余談ですが、このHDS-Rという評価基準を作った、当の長谷川和夫先生自身がこの病気であることを公表し、今、注目されています。

 嗜銀顆粒性認知症は、亡くなった後に脳を解剖しないと確定診断できません。しかし、Aさんの経過はまさにこれに合致していました。一つ目の薬によって怒りやすさが増したところに、二つ目の薬が重なって「鎮静」が効き過ぎたようでした。

 すぐにそれぞれの薬の量を半分にし、10日後の再診時に二つとも中止すると徐々に元気が戻り、怒りっぽさも引きました。元々、社交性のある人です。今は施設内で友達もでき、にぎやかに過ごしています。

抗認知症薬 適切かどうかの見極めが重大

 抗認知症薬は、使うと著しい効果が見られる人もいて、必要な薬だと感じています。しかし、効果がなかったり、副作用が目立ったりしたときはやめることが必要です。

 フランスでは、最近、抗認知症薬の保険適応が取り消されました。副作用の割に効果が高くなく、薬の有用性が不十分と判断されたようです。

 一方、日本では、医療関係者の間で、抗認知症薬を使っている人の3分の2が甲状腺機能検査を受けていないことや、85歳以上の高齢者の抗認知症薬の処方割合が諸外国と比較して著しく高いことが問題視されるようになりました。

 後者で言えば、ドイツで抗認知症薬を処方されているのは「85歳以上の認知症高齢者」の約18%なのに対し、日本では「85歳以上の高齢者」の約17%も処方されています。大きな違いが見て取れます。

 抗認知症薬が適切かどうかの見極めは、ただでさえ生活に不自由を感じていく認知症の人に重大な事柄です。本人の生活の様子を見ながら、じっくり判断することも訪問医の大切な役割だと思っています。 (内田直樹 精神科医)

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内田直樹(うちだ・なおき)

医療法人すずらん会たろうクリニック(福岡県福岡市東区)院長、精神科医、医学博士。1978年長崎県南島原市生まれ。2003年琉球大学医学部医学科卒業。福岡大学病院、福岡県立太宰府病院を経て、10年より福岡大医学部精神医学教室講師。福岡大病院で医局長、外来医長を務めた後、15年より現職。日本精神神経学会専門医・指導医、日本老年精神医学会専門医、NPO法人日本若手精神科医の会元理事長。在宅医療の普及を目指して「在宅医療ナビ」のサイト運営も行っている。編著に「認知症の人に寄り添う在宅医療」(クリエイツかもがわ)。

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1件 のコメント

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私も、アルツハイマーと、言われて居ます。凄く、怖いのですが、やっぱり、家に、在たいです。子供には、迷惑を、掛けると、思いますが、やっぱり、住み慣...

私も、アルツハイマーと、言われて居ます。凄く、怖いのですが、やっぱり、家に、在たいです。子供には、迷惑を、掛けると、思いますが、やっぱり、住み慣れた所で、過ごしたいです。

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