文字サイズ:
  • 標準
  • 拡大

いのちは輝く~障害・病気と生きる子どもたち

コラム

「愛するがゆえ」に2歳女児への輸血を拒否した母…1年後再入院し、看取ることに

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

教えを破れば「来世で親子は再会できない」と

 私は、母親に説得を試みました。若い頃、胃破裂の赤ちゃんへの輸血を、親に拒否されたときの情景が頭に浮かびました。2歳の子どもが生きるか死ぬかを、本人ではなく親が決めるとはいったいどういうことでしょうか?

 話をしているうちに、母親の考えていることも、一応は理解できました。宗教を信じている人は、現世での生よりも、来世での生を望んでいる。聖書に書かれた「血を食べてはいけない」という教えを破ると、来世で親子は再会できないというのです。

 私は気づきました。母親の目は、育児放棄をしている親の目ではない。自分の子どもに愛情を持っている。だからこそ輸血を拒否しているのだと。その思いを盲信と切って捨ててしまうのは簡単ですが、そうした態度を取ると、医師と患者家族の関係が崩れてしまいます。

 それでも私は、何とか、この母親の考え方を改めさせようとしました。この母親との人間関係を壊さないように、子どもには最良の医療を受ける権利があることを何度も説きました。しかし、説得は実らず、母と子はその日の夕方、荷物をまとめて病棟を去っていきました。私はその後ろ姿を 呆然(ぼうぜん) と見送るだけでした。

 宗教に良い教義と悪い教義があるのかどうか、私は知りませんが、医療者と家族との間に生命観の決定的な違いがあると、それを乗り越えることは極めて難しいと知りました。

学会ガイドラインには「親権喪失の申し立て」も

 今から10年前に、学会から「宗教的輸血拒否に関するガイドライン」が発表されました。成人であれば、自己決定権が優先されます。しかしながら子どもの場合は、輸血をしないで治療する努力をするものの、場合によっては児童相談所に虐待通告し、児童相談所から家庭裁判所に親権喪失を申し立てることも求めています。

 あの女児に対しても、抗がん剤を規定量の50%くらいの量で投与して、輸血を防ぎながら、がんの再発が抑えられるかどうか見極めるという考え方があったかもしれません。ただ、未分化神経外胚葉性腫瘍は非常に悪性度の高い腫瘍なので、そういった方法では結局、再発したことでしょう。

 では、親権を喪失させればよかったのでしょうか? 抗がん剤治療は1年以上も続きます。親権代行者がその間、病院に付き添い続けるというのは現実的ではなかったと思います。

 この女児は、およそ1年後に小児病棟に戻ってきました。最期の 看取(みと) りをするためにです。輸血を拒否する宗教を持つ人の心を理解しようと努めましたが、やはり私にはできませんでした。(松永正訓 小児外科医)

2 / 2

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

inochihakagayaku200

いのちは輝く~障害・病気と生きる子どもたち

 生まれてくる子どもに重い障害があるとわかったとき、家族はどう向き合えばいいのか。大人たちの選択が、子どもの生きる力を支えてくれないことも、現実にはある。命の尊厳に対し、他者が線を引くことは許されるのだろうか? 小児医療の現場でその答えを探し続ける医師と、障害のある子どもたちに寄り添ってきた写真家が、小さな命の重さと輝きを伝えます。

matsunaga_face-120

松永正訓(まつなが・ただし)

1961年、東京都生まれ。87年、千葉大学医学部を卒業、小児外科医になる。99年に千葉大小児外科講師に就き、日本小児肝がんスタディーグループのスタディーコーディネーターも務めた。国際小児がん学会のBest Poster Prizeなど受賞歴多数。2006年より、「 松永クリニック小児科・小児外科 」院長。

『運命の子 トリソミー 短命という定めの男の子を授かった家族の物語』にて13年、第20回小学館ノンフィクション大賞を受賞。2018年9月、『発達障害に生まれて 自閉症児と母の17年』(中央公論新社)を出版。

ブログは http://wallaby-clinic.asablo.jp/blog/

名畑文巨(なばた・ふみお)

大阪府生まれ。外資系子どもポートレートスタジオなどで、長年にわたり子ども撮影に携わる。その後、作家活動に入り、2009年、金魚すくいと子どもをテーマにした作品「バトル・オブ・ナツヤスミ」でAPAアワード文部科学大臣賞受賞。近年は障害のある子どもの撮影を手がける。世界の障害児を取材する「 世界の障害のある子どもたちの写真展 」プロジェクトを開始し、18年5月にロンドンにて写真展を開催。大阪府池田市在住。

ホームページは http://www.fumionabata.com/index.html

名畑文巨ロンドン展報告

ギャラリー【名畑文巨のまなざし】

いのちは輝く~障害・病気と生きる子どもたちの一覧を見る

最新記事