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福島、被曝医療の第一線 汚染リスク、冷静に判断…第一原発 県立医大ルポ

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 まれな大災害に備えるのは難しい。2011年の東京電力福島第一原子力発電所事故では、当時の 被曝ひばく 医療体制が機能せず、放射性物質に汚染された負傷者らの治療で混乱が生じた。その教訓を踏まえた人材育成と医療の現場を、長谷川 有史ありふみ ・福島県立医科大教授(50)の活動を通して見た。(編集委員 増満浩志)

医師が交代で常駐

福島第一原発内にある救急医療室で、48時間交代の当番医を務める福島県立医大の長谷川有史教授(関口寛人撮影)

 毎日約4000人が廃炉作業に取り組む福島第一原発。場所によっては全面マスクなどの重装備が今も欠かせず、熱中症をはじめ様々な傷病のリスクがつきまとう。その現場を支えるため、構内にはER(救急医療室)が設けられ、医師が交代で常駐している。5月末、長谷川教授がその当番に入った。2泊3日で48時間の勤務を、年に数回こなす。

 看護師や救急救命士も常駐する。患者が来ない平穏な日が多いが、命にかかわる重症患者も時に現れる。放射線の被曝症状でなく、大半が持病の悪化や作業中の外傷だ。それでも、ここでは身体の汚染を常に意識しなければならない。

 担架は、汚染をなるべく広げないよう、車輪のないタイプ。患者の気道を観察しやすいビデオ喉頭鏡もある。のどを直接のぞく必要がないので、患者のせきに放射性物質が含まれていても医師に付着しにくい。室内の床は、汚染されたら交換できるシートで覆われている。

 処置室には特別な扉がある。長谷川教授は「この向こうは線量計が必要な世界。汚染された患者は自分で除染してここから入ってくるが、自ら歩けない状態の時は僕らが出て行く」と説明した。決して、危険を顧みぬ勇敢な行動ではない。「患者に放射性物質が付着していても、我々は自分の安全をコントロールしながら治療を行える。そういった『リスクの勘所』を分かった人間が、ここで働いている」と話す。

測ればわかる

 「リスクの勘所」とはどういうことか。

 ERの当番を終えて大学に直行した長谷川教授は、医学生の実習で2種類の測定器の使い方を教えた。一つは「GM計数管」。主に飛距離が短いベータ線を捉えるので、放射線源のすぐ近くで強く反応し、汚染の箇所や程度が分かる。もう一つはガンマ線を測る「 NaIエヌエーアイ 線量率計」。人体への影響を示す「シーベルト」単位の放射線量が分かる。

長谷川教授(中央)の指導でGM計数管(左)とNaI線量率計(右)の使用法を学ぶ学生ら(福島県立医大で)

 「汚染された負傷者が運ばれてきたらどうする?」。長谷川教授の問いかけに、学生たちは「まずNaIを持って近づいてみる」と答えた。「そうだね」と長谷川教授はうなずく。「僕らは、どのくらいの線量でどのような健康影響が表れるのかを学んで知っている。放射線は、五感で分からないが、線量を測ればリスクの程度がその場で分かる」

 医師や看護師にとって許容範囲の線量だと判断したら、治療に入る。GM計数管で汚染状況を調べ、必要に応じて除染するが、容体次第では治療を優先する。放射性物質が体に付いても、後で除去すればよい。

 「原発事故の直後、救急医の僕は、そういう知識を持っていなかった。放射性物質という未知のものが怖くて、治療から逃げたくなった。科学の力をもって冷静にリスクと向き合わないと、医療の質を下げてしまいかねない」。長谷川教授は7年前の反省を込めて学生たちに説く。

看護師向け研修、年10回…地道に人材育成

 原子力事故やテロで放射性物質にさらされるリスクは、わずかだが誰にでもある。もし被害に遭ったら、どのように治療されるのだろうか。6月下旬、同大病院の看護師らの研修の様子を見せてもらった。

 右脚の傷口が汚染された負傷者を治療する想定。床をシートで覆った専用室で、防護衣や線量計を装着した看護師ら約10人が、人形が横たわる診察台を取り囲んだ。

傷口が汚染された患者を想定した研修。治療と並行して、診療放射線技師(右手前)が身体の汚染状況を詳しく調べる(福島県立医大で)

 汚染状況を簡単に調べた後、まず容体の安定を図り、それから除染。指導役の佐藤良信看護師(36)と長谷川教授が、「使用済みの注射器など、汚染の可能性がある器具は専用エリアへ」「傷口を洗い流した水は汚染水として管理する」といった注意点を説明する。常にバイタルサイン(意識、呼吸、血圧など)に注意し、悪化したら除染は中止する。患者が痛みを訴えると鎮痛剤を投与するなど、必要な治療は汚染にかかわらず進められていく。

 この研修は主任級の看護師ら約300人が対象で、年に10回前後、勤務時間内に行う。看護部の渡部智恵子副部長(57)は「各自が3年に1度受講するペース。知識や技術を維持できる」と語る。どの看護師も「自分が休日当番の時に患者が現れるかもしれない」との緊張感をもつ。全国各地の病院から視察にやって来る。

 「10年後、20年後には、私たち事故を経験した人間も減っていく。長期間、備えを持続するのは大変なことだ」。渡部副部長も長谷川教授も、この分野で人材の裾野を広げていくことの重要性と難しさを感じている。

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