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心療眼科医・若倉雅登のひとりごと

コラム

自分の症状は「病気」?「障害」?…あいまいな「境界線」、どう受け止めればいい?

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病的な変化…治療の手段があるか、ないか

 今回、例に挙げた病的近視(進行性の強度近視)は、日本には少なくありません。人口の6~8%というデータもあります。

 発症した当初は、眼鏡やコンタクトレンズを使えば、社会生活に支障がないため、病気や障害という意識はあまりないと思います。

 でも、個人差はありますが、症状は段々と進行します。眼球自体が大きくなっていき、網膜脈絡膜が薄くなったり、網膜に穴が開いたり、網膜が剥離したりする可能性が高くなります。白内障、緑内障、視神経症などが合併症として起きることもあります。

 こうした病的な変化には、薬物や手術などで治療できるケースと、医学的な治療手段がないケースがあります。

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 それぞれ「障害」なのか「病気」なのか、どう受け止めればいいのでしょうか。

 様々な考え方があると思いますので、あくまで私の見方となりますが、治療手段がない後者のケースは、元に戻らず、進行するおそれもある「障害」でしょう。

 治療が可能な前者の場合も微妙です。治療できても、元々の健康な状態に戻すのは難しいこともよくあります。

 有効な治療法がなく、元通りにならないまま進行する病気は「難病」とも言います。しかし、国が「難病」として認めているものは、その一部にすぎません。

 繰り返しになりますが、病気と障害の区別はあいまいです。行政側が「病気と障害の2本立てで福祉政策を考える」としても、その境界は不鮮明なので、 狭間(はざま) に入ってしまう患者が出る懸念を私は感じてしまいます。

医学の進歩で変わる線引き…公的支援を求めるには

 医師にとっても、「病気」と「障害」をはっきり分けることは難しいというのが現実です。

 ところで、「障害」とは、福祉、保険、行政、法律の世界で主に使われる用語です。「発達障害」「不安障害」「情緒障害」「気分障害」などと「障害」を病名の形で取り扱う精神医学を除き、医師側からみれば「医学用語ではない」という意識が強いのです。

 「障害」について「自分が扱う範囲外」と捉えがちなのは、「臨床医は、障害にならないように治療することを担う」という気持ちが強いからでしょう。

 にもかかわらず、後遺障害などの診断書は、医師が書くことを求められているわけです。

 行政側が、「病気は医療、障害は福祉」とちゃんと線引きできるものなのでしょうか。それは、医学の進歩や時代(考え方)によっても変わりえることです。

 当事者たちが公的な援助を求めるならば、病気なのか障害なのか。どちらかに絞って働きかける方が効果的なのでしょう。でも、どちらなのか、簡単には決められないというのも、現実なのです。

 (若倉雅登 井上眼科病院名誉院長)

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201505_第4回「読売医療サロン」_若倉

若倉雅登(わかくら まさと)

井上眼科病院(東京・御茶ノ水)名誉院長
1949年東京生まれ。北里大学医学研究科博士課程修了。グラスゴー大学シニア研究員、北里大学助教授、井上眼科病院副院長を経て、2002年から同病院院長。12年4月から現職。日本神経眼科学会理事長、東京大学医学部非常勤講師、北里大学医学部客員教授などを歴任し、15年4月にNPO法人「目と心の健康相談室」を立ち上げ副理事長に就任。「医者で苦労する人、しない人---心療眼科医が本音で伝える患者学」、「絶望からはじまる患者力」(以上春秋社)、「心療眼科医が教える その目の不調は脳が原因」(集英社)、医療小説「茅花流しの診療所」(青志社)など著書多数。専門は、神経眼科、心療眼科。予約数を制限して1人あたりの診療時間を確保する特別外来を週前半に担当し、週後半には講演・著作活動のほか、NPO法人、患者会などでのボランティア活動に取り組む。

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