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認知症介護あるある~岡崎家の場合~

医療・健康・介護のコラム

認知症になったら記憶力がアップした!?…ただし食べ物限定

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漫画・日野あかね

昨日のことは忘れたが、昔のことなら任せとけ

  認知症になると、すべてを忘れてしまうように思われる方もいるかもしれませんが、父さんと一緒にいると「それは違う!」と思うことがいろいろあります。

 父さんは自分が認知症になる前のことは、今でも私以上にしっかり覚えていることが多いです。たとえば私と母さんが私の学生時代の友人の話をしていると、その会話に入ってきて、「〇〇ちゃんって、××町に住んでいる子だろ」(今は結婚して、そこには住んでないけど……)と、当時の自宅の場所まで覚えているのです。

 一方で、認知症になってから出会った人の記憶は、なかなか頭に入っていかないようです。

 毎日デイサービスで会っているスタッフのことは、何度名前を聞いても忘れてしまいます。できればそこは忘れてほしくないことなのに、私が嫁いだ先の名字も記憶できないようです。孫のたー君に「ねぇ、名字は?」と、こっそり聞いています。

 ところが、デイサービスに1人、父さんが大好きなスタッフがいます。その人のことは、名前はもちろん、送迎の車の中で聞いたという彼の家族構成までしっかり覚えているのです。彼が体調を崩して長期のお休みをしていたときは「今日も、△△さんはいなかった」とションボリし、彼が復帰してお迎えに来てくれたときは、ニコニコしながらデイサービスの車に乗り込んでいました。頭の中が、自分に都合の良いことだけ記憶がとどまるシステムになってしまったのでしょうか……。

残りのまんじゅうはどこだ! 執念が記憶を呼び覚ます?

 さらに認知症になってから「記憶力がアップしている?」と思わざるを得ないこともあります。「食べ物」に関する記憶は、異常なほどクリアなのです。

 「認知症になると何を食べたか忘れてしまう」という話をよく聞きますが、父さんに限っては違います。母さんは毎日、「父さんの記憶力の確認よ!」と、その日のお昼にデイサービスで食べたメニューを質問します。父さんの答えはいつも、付け合わせまで献立表とピッタリ合っています。

 先日、献立表には「メンチカツ」とあるのに「今日の昼は魚のフライだった」と、ご立腹の父さんがデイサービスから帰宅しました。「本当に?」と怪しむ母さんに、「岡崎さん、メンチカツを楽しみにしていたのに急遽きゅうきょ魚のフライに変わってごめんなさい」とスタッフが謝っています。父さんは正しかった! 恐るべし、食べ物に対する記憶力。

 また、父さんは糖尿病なので甘いものを控えてほしく、「あとは明日ね!」と残ったおまんじゅうが入った箱を棚にしまったりすると、そこは忘れてもいいのに、誰もいない隙にこっそり棚から取り出して食べてしまいます。

 私や母さんが違う場所に隠して、「もう全部食べたよねー」と食べ過ぎ防止の策を取っても、「残りがあったはずだ!」と家中を探しまわります。これは記憶力というより、食べ物に対する執念なのかもしれませんが……。

大切な思い出は最後まで

 認知症の人の記憶のことで、忘れられないエピソードがあります。拙著『みんなの認知症』でも紹介しているのですが、介護の知識や技術をきちんと身に付けようと、ヘルパーの資格取得を目指して老人ホームへ実習に行ったときのことです。

 アルツハイマー型認知症がかなり進み、ずいぶん前から話すことができなくなったという女性を担当することになりました。その女性は童謡が大好きだったということで、私は、自分が知る限りの童謡を歌ってみました。そして「ぞうさん」を、歌詞を思い出せる1番だけ、何度も繰り返しているとき、女性が「あ、あのね」と言葉を発したのです。周りのスタッフたちは「言葉をしゃべった~!」と大騒ぎになりました。

 この女性は、なぜか私が「ぞうさん」を歌うときだけ笑顔になります。きっと「ぞうさん」に何かすてきな思い出があり、もうしゃべることが難しい状態でも、私にそれを伝えようとしてくれていたのではないでしょうか。

 認知症になると「忘れてしまうこと」「覚えていること」「より記憶力がアップすること(これは父さんだけ?)」など、人それぞれかもしれません。認知症になったからといって、決してすべてを忘れてしまうわけではなく、大切だった記憶は残り続けると私は信じています。父さんは食べ物のことだけみたいだけど……。(岡崎杏里 ライター)

 登場人物の紹介はこちら

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認知症介護あるある~岡崎家の場合~

岡崎杏里(おかざき・あんり)
 ライター、エッセイスト
 1975年生まれ。23歳で始まった認知症の父親の介護と、卵巣がんを患った母親の看病の日々をつづったエッセー&コミック『笑う介護。』(漫画・松本ぷりっつ、成美堂出版)や『みんなの認知症』(同)などの著書がある。2011年に結婚、13年に長男を出産。介護と育児の「ダブルケア」の毎日を送りながら、雑誌などで介護に関する記事の執筆を行う。岡崎家で日夜、生まれる面白エピソードを紹介するブログ「続・『笑う介護。』」も人気。

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日野あかね(ひの・あかね)
 漫画家
 北海道在住。2005年にステージ4の悪性リンパ腫と宣告された夫が、治療を受けて生還するまでを描いたコミックエッセー『のほほん亭主、がんになる。』(ぶんか社)を12年に出版。16年には、自宅で介護していた認知症の義母をみとった。現在は、レディースコミック『ほんとうに泣ける話』『家庭サスペンス』などでグルメ漫画を連載。看護師の資格を持ち、執筆の傍ら、グループホームで介護スタッフとして勤務している。

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