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いのちは輝く~障害・病気と生きる子どもたち

コラム

胃破裂で運ばれてきた生後3日の赤ちゃんに、父親は「今すぐ輸血をやめてください!」

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「手術中に輸血はしません!」

 輸血をやめれば、この赤ちゃんは命を失います。親は宗教に入信しているかもしれませんが、生まれて3日の赤ちゃんはまだ自分の宗教を持っていないはずです。それにもかかわらず、親が子どもの輸血を拒否することは許されるのでしょうか?

 私と父親は、処置室でにらみ合いになりました。すると、父親はこの病院の内科にいとこの医師がいると言います。それは好都合です。私はその医師に父親を説得してもらおうと思い、連絡を入れました。偶然にも、その医師はまだ帰宅しておらず、院内にいました。私は「すぐに小児外科病棟に来てください」とお願いしました。

 ところが、内科の医師は処置室に入ってくるなり、「輸血はすぐにやめてください」と言いました。その医師も同じ宗教の信者だったのです。私は (あき) れるやら、頭に血が上るやらで感情的になりました。父親と内科医を処置室の外へ出し、赤ちゃんの治療を続けました。

 尿が1滴、2滴と出たところで、父親に手術承諾書へのサインを求めました。父親はサインを渋るそぶりを見せましたが、私は「手術中に輸血はしません!」と大きな声を出しました。そして赤ちゃんを手術室に運びました。

篤い信仰心と子どもの命を見捨てること…

 術後、赤ちゃんは劇的に回復しました。ただ、重態であることには変わりありませんので、私は連日病院に泊まり込んで赤ちゃんの術後管理を続けました。10日目にはミルクを5ccずつ飲めるようになりました。新生児室から一般病棟に赤ちゃんを出すと、母親が赤ちゃんに付き添うようになりました。

 母親はあまり (しゃべ) らない人で、私との会話もほとんどありませんでした。私はただ赤ちゃんの日々の回復の程度を母親に報告するだけでした。赤ちゃんの体重は徐々に増え、2か月が経ったところで退院が決まりました。夫婦から、感謝の言葉は最後までありませんでした。細かい事情は分かりませんが、親戚にあたる内科の医師は病院を退職したと (うわさ) で聞きました。他科の治療方針に口出しをし、命をつなぐ医療行為をやめさせようとしたのだから、病院にいられなくなったのかもしれません。

 私は元々宗教を持たない人間です。ただ、学生時代に宗教を持つ友人がいて、その人は幸せそうに日々を生きていました。しかし、私はこの一件で、宗教というものが分からなくなってしまいました。

 もちろん、宗教にはさまざまなものがあり、同じ神を信仰していても、教義は異なります。すべての宗教を否定するのは、当然のことながら間違っています。しかしながら、患者家族と医師の関係を分断し、また、医師を退職に追い込む宗教とは一体何だろうと、このとき私は強い疑問を抱きました。たとえ、どれだけ信仰心が (あつ) かろうと、自分の子どもの命を見捨てかねない考え方をする宗教が本当に人間を幸福にするのか、私には理解できませんでした。(松永正訓 小児外科医)

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いのちは輝く~障害・病気と生きる子どもたち

 生まれてくる子どもに重い障害があるとわかったとき、家族はどう向き合えばいいのか。大人たちの選択が、子どもの生きる力を支えてくれないことも、現実にはある。命の尊厳に対し、他者が線を引くことは許されるのだろうか? 小児医療の現場でその答えを探し続ける医師と、障害のある子どもたちに寄り添ってきた写真家が、小さな命の重さと輝きを伝えます。

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松永正訓(まつなが・ただし)

1961年、東京都生まれ。87年、千葉大学医学部を卒業、小児外科医になる。99年に千葉大小児外科講師に就き、日本小児肝がんスタディーグループのスタディーコーディネーターも務めた。国際小児がん学会のBest Poster Prizeなど受賞歴多数。2006年より、「 松永クリニック小児科・小児外科 」院長。

『運命の子 トリソミー 短命という定めの男の子を授かった家族の物語』にて13年、第20回小学館ノンフィクション大賞を受賞。2018年9月、『発達障害に生まれて 自閉症児と母の17年』(中央公論新社)を出版。

ブログは http://wallaby-clinic.asablo.jp/blog/

名畑文巨(なばた・ふみお)

1958年、大阪府生まれ。外資系子どもポートレートスタジオなどで、長年にわたり子ども撮影に携わる。その後、作家活動に入り、2009年、金魚すくいと子どもをテーマにした作品「バトル・オブ・ナツヤスミ」でAPAアワード文部科学大臣賞受賞。近年は障害のある子どもの撮影を手がける。世界の障害児を取材する「 世界の障害のある子どもたちの写真展 」プロジェクトを開始し、18年5月にロンドンにて写真展を開催。大阪府池田市在住。

ホームページは http://www.fumionabata.com/index.html

名畑文巨ロンドン展報告

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