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ケアノート

コラム

[高山奈津子さん]「リングに戻る」夫支える

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頸髄完全損傷でリハビリ

[高山奈津子さん]「リングに戻る」夫支える

「リングに上がってとまでは言えませんが、普通の生活には戻ってほしい」(東京都内で)=小林武仁撮影

 プロレスラーの高山善廣さん(51)は2017年5月、試合中のアクシデントで頭部を強打し、現在も肩から下を思うように動かせません。それでも「必ずリングに立つ」と、懸命にリハビリテーションに励む日々を、妻の奈津子さん(50)が支えています。

 昨年5月4日、高熱で自宅で寝込んでいると、夫のレスラー仲間から携帯電話が鳴りました。嫌な予感がして電話をとると、電話口からは「試合でけがをして救急車で運ばれた。(遠征先の)大阪まで来てほしい」と。慌てて新幹線に乗りました。

  《高山さんは1メートル96の巨体から豪快な技を繰り出し、そのファイトスタイルから「帝王」と呼ばれる。様々な団体で王座に輝く一方、テレビのバラエティー番組やドラマでも活躍してきた》

 夫は 眼窩底がんかてい 骨折などの大けがや脳 梗塞こうそく でリングを離れたこともありましたが、そのたび復活してきました。しかし病院の集中治療室で気管挿管された姿に、「まさかこんなことに」と絶句しました。

 試合中に相手選手に技をかけた際、誤って頭からマットに落ち、その場で動けなくなったというのです。診断は「 頸髄けいずい 完全損傷」でした。

 その日から3か月間、病院の近くにマンションを借り、集中治療室に通いました。手術の結果、かろうじて一命はとりとめましたが、首から下は、肩が少し動く程度で、あとは全く動きません。

 初めは声も出せず、50音表を見せ、「あ行? か行?」と1字ずつ尋ねる形で会話をしました。思いのほか時間がかかり、お互いにイライラの連続でした。「子どもはどうしている」と小学生の長男を気にかける夫。見舞いに来た自分の兄に「スティル アライブ(まだ生きている)」と伝えようとして、40分も面会時間を使ってしまったこともありました。

  《入院の3か月後、高山さんは関東地方の病院に移り、本格的なリハビリを始めた》

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高山さんを支援するプロレスラー鈴木みのるさん(右)と(昨年11月)

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リハビリの一環としてペンを口に挟み車を描く高山さん(6月、いずれも提供写真)

 実は大阪の病院で医師から「回復は難しい」と伝えられていました。「プロレス復帰は無理。歩くこともままならないだろう」と言われ、ショックでした。本人は絶対動けるようになると思っている。今もです。それを私も否定できないし、否定することでもありません。毎日病院でリハビリに付き添いました。

 肩を動かせるようにする訓練やマッサージは理学療法士の方にお任せし、私は食事の介助を担当しました。人工呼吸器を外し、話せるようになったのですが、のみ込む力が衰えていました。ゼリー一つ食べきるのに、休み休み90分かかりました。

 今は器具を使って腕や肩を動かしたり、起立台に乗せてもらい直立姿勢になったり、筋肉の拘縮を予防するマッサージなどを行っています。

 そんな毎日をつらいとは思いません。一番頑張っている本人の前で私が泣いたら、夫は気持ちが立て直せなくなるかもしれません。彼に心配などさせてはいけない。身だしなみを整えるなど身辺の世話をしながら、世界が病室の中だけになってしまった夫の不満を聞くようにしています。

  《現在は普通の食事をとれるようになり、40キロ痩せた体重も回復しつつある。口でペンを挟み、絵を描くこともできるようになった。今後はパソコンやタブレット端末を操作することが目標だ》

 リハビリ目的の入院は期間に制限があり、いつまでも同じ病院にはいられません。すでに転院を繰り返していますが、これからもまた別の病院を探さなければいけません。ですが、私も体の構造について勉強をし、リハビリを支え続けたいと思っています。

 怖いと思われがちな夫ですが、入院後に多くの人から「高山さんは優しい人だ」「お世話になったから」とお声がけいただき、驚くと同時に、心から感謝しています。31日には皆さんにお力添えをいただき、夫を支援するプロレスイベントが、東京・後楽園ホールで開かれます。本人もマッチメイクに携わり、やる気満々です。

 ファンやレスラー仲間の皆さんの支援が、「絶対に戻ってやる」という夫の強い意志の源となっています。高山善廣という男の強さを改めて感じさせられた私も、ともに強くありたいと思っています。(聞き手・及川昭夫)

  たかやま・なつこ  1968年、神奈川県生まれ。大学卒業後に高山善廣さんと知り合い、結婚。現在は高山さんを支援する団体「TAKAYAMANIA」の代表を務める。31日のイベントや高山さんの近況、支援についての詳細は、公式ブログ(https://ameblo.jp/takayama-do)で。

  ◎取材を終えて  決して表情を曇らせることなく、時には笑顔でファンへの感謝の言葉も交えながら語る姿が印象的だった。「タッグパートナー」として奈津子さんも強くあろうとしているのだろう。高山さんの名ゼリフ「ノー・フィアー(恐れなどなし)」の精神なのか。リハビリには周囲の支えが欠かせないと痛感した。今後も困難は続くだろうが、まさしくリング同様、多くのファンの声援があれば、3カウントの前にはね返せると思いたい。

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