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コラム

[プロゴルファー 東尾理子さん](下)選手としての上り坂で相次いだ大ケガ 悔しいけど、「だからこそ今の人生がある」

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嫌だったピアノのレッスン

[プロゴルファー 東尾理子さん](下)選手としての上り坂で相次いだ大ケガ 悔しいけど、「だからこそ今の人生がある」

――お生まれは福岡なのですね。

 小学校まで福岡にいました。父(東尾修さん)は、私がまだ幼いときに球団が西武に変わって埼玉に移ったのですが、ちょうど一軒家を建てたタイミングで、母も福岡で仕事をしていましたから、家族はしばらく残ったのです。

――どんな思い出がありますか。

 活発な子でした。母がピアノを習わせようとして、家に先生を招くのですけど、私はそれが嫌で公園に逃げていく。母が先生と車に乗って、連れ戻しに公園まで来るのですが、私はジャングルジムの上にしがみついて「イヤだぁー!」と。連れ戻されたら、ピアノの上で居眠りです。

 いろいろな習いごとをさせられましたが、好きだったのは英会話とテニスくらい。ですが、8歳から始めたゴルフは大好きになりました。4年生から試合にも出ています。

準優勝の4日後に階段から落ちて

――大きなご病気やケガをされた経験は?

 階段で転んで 靱帯(じんたい) を切ったことでしょうか。

 プロゴルファーになって、自分でもうまくなっているなと思った頃です。結果も出てきて、2003年の大王製紙エリエールレディスオープンで、プレーオフの末に準優勝。この時の優勝は古閑美保さんでした。

 ところが、その4日後です。和歌山駅の階段から転落して、両足首の靱帯を損傷。両脚ギプスです。ゴルファーとしてこれからというときに、しばらく練習もできず、復帰しても常にテーピングをして、試合後にケアをしないとラウンドできなくなりました。

 米ツアーでシード権を獲得していた3年目には、左肩を傷めて手術しました。私のゴルフ人生は、どうしてこうなんだろうと思いました。

――あのときケガをしなければ、と考えることも?

 ありますよ。でも、起こったことはもう変えられない。もし、ケガをして帰国していなかったら、今こうして、結婚して子どもたちと暮らしてはいなかったでしょう。

 優勝できずに終わったのは悔しいけれど、その結果、今の人生があるのは、良かった。

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