文字サイズ:
  • 標準
  • 拡大

老いをどこで 第2部

連載

[老いをどこで]地域「あいりん地区から」(下)生きがい 社会とつながる

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

生活保護受給者が草刈り、ごみ拾い

[老いをどこで]地域「あいりん地区から」(下)生きがい 社会とつながる

むすびの仲間と紙芝居劇の練習をする多田さん(左)(大阪市西成区で)=田中ひろみ撮影

 大阪市西成区の「あいりん地区」は、未婚や離婚などの事情で独り暮らしの男性が多い。働けなくなり、人とのつながりが失われた高齢者は、深刻な孤立状態に陥りがちだ。社会とのつながりを再生する取り組みが求められている。

  酒、パチンコの日々

 午前9時、一日は部屋で独り、ビールを飲むところから始まった。パチンコに行き、昼は弁当を部屋で食べ、テレビを見ながらベッドでウトウト。夕方、目が覚めると部屋で缶チューハイ。お金がない日なら、3畳一間のアパートから出ることもない。「今日も誰ともしゃべらず、一日が終わってしまった――」

 あいりん地区で生活保護を受けて暮らす多田雄一さん(70)は、60歳代初めに3年ほど繰り返した孤独の日々を、そう振り返った。膝を痛めてガードマンの仕事を失ってからは、酒とパチンコの日々。そんな暮らしに嫌気がさしていた5年前、市役所から手紙が届いた。

 「ちょっと立ち寄って、にっこり 困ったことを話して、すっきり 新しいこと、はじめてみよう」

 大阪市が西成区の地域再生を目指して始めた「西成特区構想」のもと、2013年に市が開設した「ひと花センター」の案内だった。

 仕事やすることのない中高年の生活保護受給者の中には、パチンコや酒で時間をつぶし、家に閉じこもった末に体を壊す人がいる。

 そこで市は、生きがいを見つけられる居場所として、地区にセンターを作った。演劇や書道などの文化活動のほか、住民の依頼を受けて公園の草刈りやごみ拾いをするボランティア、農園で野菜を育てて住民にお裾分けする活動など、地域の役に立てるプログラムもあるのが特徴だ。

  紙芝居劇団に参加

 ひと花センターとの出会いで、多田さんの生活は一変した。

 毎日、ごみ拾いのボランティアをしたり、詩や俳句を作ったり。自分の気持ちを表現し、人から認められ、会話が生まれることで、次第にパチンコから遠ざかり、酒量も減った。

 ひと花センターに通い始めて半年後、講師として来た紙芝居劇団「むすび」に出会った。むすびは、あいりん地区の独居高齢者やボランティアらが集まり、寄付と公演料をもとに活動している団体だ。

 多田さんは今、週1回、むすびの仲間と練習を重ねている。公演数は近所の老人施設や保育園など年間30回を超える。毎年、東日本大震災の被災地でも公演し、仮設住宅の住民との文通は今も続いている。「ひと花センターとの出会いがなければ、今頃は酒で死んでいた。人間はどこでどう変われるか分からない」

 ひと花センター登録者に17年に行った調査では、ギャンブルをする回数や酒の量について、約4割が「とても減った」または「減った」と回答。16年に地域住民に行った調査では、ひと花センターの活動によって生活保護受給者のイメージがどう変わったかを尋ねると、46%が「良い変化があった」と答えている。

 ただ、多田さんのような人は地区全体ではまだ一部だ。ひと花センターの常連利用者は、40~50人ほど。認知度不足のほか、ケースワーカーに勧められて来たものの、元々、人付き合いが苦手だったり、常連の中に入りにくかったりするようだ。センタースタッフの広谷賢さん(46)は話す。「ここをきっかけに、地域の中にそれぞれ居場所を見つけ、巣立っていってほしい。いつでも戻れる場所でありながら、新しい人も次々に入ってこられる場所を作っていきたい」

  [記者考]「それでも何とかなる」希望

 「孤独の街」という先入観があったが、実際にあいりん地区を歩くと、道ばたで立ち話をする「おっちゃん」をよく見かけた。路上やアパートの共同トイレで行き会った人らとあいさつをかわし、時には一緒に酒を飲むような、緩やかなつながりがあるのだという。独特なのは、「過去のことは相手から話し出さない限り聞かない」という暗黙のルール。濃密な人付き合いは苦手な人には、これも一つの安全網の形かもしれない。

 取材中、「包摂」という言葉を幾度となく聞いた。様々な困難を抱える人たちが排除されない街。無縁と貧困という深刻な問題を抱えた地域で感じたのは、「それでも何とかなる」という希望だった。独自の取り組みから学べる点は多い。

 (この連載は、社会保障部・田中ひろみが担当しました)

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

連載の一覧を見る

老いをどこで 第2部

最新記事