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妊娠と仕事(下)離島出張「何も起きませんように」
泊まりがけ 産休直前まで
妊娠中、1人で、出張したり、営業先を回ったりして、体調不良や不安を訴える女性も少なくない。女性の活躍が広がりを見せる中、働く人や職場任せの国の対応に課題も浮き上がる。
「何も起きませんように」。九州地方で昨年出産した30代の女性は妊娠中、1人で、毎日、祈るような気持ちで車を運転し、10か所以上の営業先をまわっていた。
携帯電話が通じない山奥も多く、週に1度は泊まりがけで離島へ出張。こうした仕事は、つわりのある不安定な時期から、産前休業に入るまで続いた。悪天候で急きょ出先で宿泊となったり、道ばたで気分が悪くなったりすることもあった。「自宅に帰ると、動けない状態が続いた。自分を奮い立たせて乗り切った」という。
職場は状況を深刻に受け止めてくれなかった。妊娠が分かると、すぐに「交通手段がなく、緊急時に対応できない離島は担当から外してほしい」と訴えた。だが上司は、「何かあったら交代するから」とだけ。「何かあってからでは遅いのに」と、悔しかった。
妊婦の働き方に詳しい日本医科大学の中井章人教授は、「泊まりがけの出張や長時間の運転は疲労やストレスの原因。切迫早産など様々な合併症のリスクとなり、繰り返すのは医学的にも論外。1人きりでは緊急時の対応が遅れる危険も高い」と指摘する。
行政に相談すると、もう一度、会社に仕事を軽減してほしいと申し出て、それでも対応しない場合は、労働基準監督署に訴えるよう助言された。悩んだが、「事を荒立てても自分の立場が悪くなるだけ。体力的にも限界。争う気力も湧かなかった」という。
昨年、無事出産できたが、女性は「後輩にこんな思いはさせたくない」と話す。
厚生労働省によると、男女雇用機会均等法に基づいて、2017年度中に行った是正指導のうち、「妊婦からの負担軽減の申し出に応じなかった」などとして、指導した件数は4248件、全体の3割に上る。
出張や外回りなどの対応を巡っては、職場によって差が大きいのが実情だ。
首都圏の妊娠7か月の女性(26)は、1人で一日かけて高齢者宅を訪問する仕事が多く、不安を感じていた。
そのうちに切迫早産の兆候が表れ、医師から「仕事を減らすか、休業するか職場と相談して」と指示された。「どの仕事を、どれぐらい減らせばいいのだろう」と悩んだ。
だが、理解ある上司や出産経験のある女性の同僚が仕事の進め方を考えてくれ、仕事を休むことができたという。「私は職場に恵まれていた」と話す。
海外で仕事をすることが多い女性(35)は、赴任先の東南アジアで妊娠が分かった後も、海外出張を何度も命じられた。
幸い、別の上司が交代してくれたが、別の部署で働く同僚は、代わってくれる人がおらず、妊娠中も途上国への出張を繰り返したという。女性は言う。「職場次第で対応が分かれるのはおかしい」
負担軽減 職場任せの現状
妊婦への負担軽減措置は、雇用主の義務として、労働基準法や男女雇用機会均等法に定められている。
ただ、具体的な軽減内容や方法は示されておらず、職場に委ねているのが実情。1人で出張することも触れられていない。このため、妊婦自身も、職場への対応に戸惑っている面がある。
東大の水町勇一郎教授(労働法)は、「軽減したい業務や、してもらいたい配慮について、妊婦が医師の協力を得ながら職場に具体的に示せるよう、国も制度を周知してサポートしていく必要がある」と強調。一方、「妊婦の求めに応じ、軽易な業務へ配置換えをしなければ労基法に基づく罰則を受ける恐れがあることも雇用主は自覚すべきだ」としている。
(この連載は、社会保障部・大広悠子が担当しました)
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