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医療・健康・介護のコラム

『刑務所しか居場所がない人たち』 山本譲司著…生きるため、罪を犯す障害者の問題を訴え(下)

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障害者の社会参加を成長戦略に

 ――本来、受けるべき福祉の後押しを得られないまま、刑務所に入る人がいる現状は、本人の生活はもちろんのこと、治安などへの影響も懸念されます。

 「刑務所では、受刑者1人当たり年間300万円くらいの費用がかかっているという推計があります。病気や障害があって刑務作業に就くことができなかったり、医療費をたくさん使ったりする場合は、さらに多くの税金が投じられることになり、行政コストの面でも望ましい状況とはいえません。彼らが刑務所の外で生活できるように支援体制を整えるには、相応の予算が必要ですが、その方が長い目で見ればコスト削減につながると思います」

 ――地域で暮らせるようにするには、何が必要なのでしょうか?

 「障害者だけでなく健常者も含む統計ですが、仕事がない人の再犯率は、仕事がある場合の3倍も高いことが分かっています。就労が一つのカギと言えるのです。例えば、知的障害や発達障害があっても、デザインセンスが優れているとか、記憶力が抜群だとか、他の人にはない能力を持っている人もいます。それぞれの適性を生かして、活躍できるようにすることが重要です。国は、療育手帳の取得者数を基に知的障害者の数を108万人としていますが、他国で知的障害者が人口に占める割合から考えると、日本には300万人近くの知的障害者がいるという推計もできます。少子高齢化で労働人口の減少が続く中、障害者を排除している場合ではありません。彼らの力を生かすことが、日本の有力な成長戦略になり得ると考えています」

 ――社会を支える側になるのは、本人の幸せにとどまらず、周囲にとっても大きなプラスです。そのためには、刑務所内の改革と刑務所の手前の「入り口支援」、出所後の「出口支援」をさらに進める必要がありますね。

 「『出口支援』として、出所した人を地域の福祉団体などにつなぐ地域生活定着支援センターができたことが大きいのですが、その先の行き場がなくては、せっかくつくったセンターも機能しません。私は、彼らを受け入れて支えてくれる組織や個人のネットワークを作るため、講演に招かれる機会などを利用して、全国各地に足を運んでいます。法曹や福祉という枠を超えて支援の輪をつなぎ、さらに社会全体に理解を広げなくては、彼らが不審者として排除される不安は消えません」

 <地域生活定着支援センター> 刑務所を出ても引き受け先のない障害者や高齢者が生活に困窮して再犯に走るのを防ぐため、個別の支援計画を作り、住居のあっせんや福祉サービスの手配などを行う。国が都道府県に呼びかけ、全額補助を行って2009年から設置が進められた。都道府県から委託を受けたNPO法人や社会福祉法人などの福祉団体が運営する。

若者から社会を変えたい

 ――今回、この問題を子どもでも読みやすい書籍としてまとめたのには、一般市民の意識を変えたいという思いがあるのでは。

 「何年か前に、ある大学で数回にわたって講義をしたことがあります。刑務所の中のことだけでなく、売春組織とかヤクザ社会の中に障害者がどう取り込まれているかという話をすると、みんな身を乗り出して聞いてくれました。その学年の学生の多くが、卒論テーマとして罪に問われた障害者の問題を選んだのです。考え方が柔軟な若い人には、こういう話がすっと入っていくんだなと思いました。中高生の頃から、この問題について考えてもらえたら、世の中も変わっていくのではと思ったことが、この本を書くきっかけになりました」

 ――この問題については、著作や講演で訴えるだけでなく、全国各地で、罪に問われた障害者や高齢者の社会復帰を支援する団体の設立・運営に関わっていますね。PFI方式の刑務所の運営アドバイザーも務めています。 

 「出所予定者の支援などで刑務所を訪れると、私自身が黒羽刑務所(栃木県大田原市)で服役していた時に一緒に過ごした仲間と再会することがあります。当時、初めての刑務所にオドオドしながら入ってきた人が、何度も服役を繰り返すうちに、『懲役太郎』という隠語で呼ばれるような、いっぱしの受刑者になっている。悲しい現実ですね。彼らが安心して暮らせるようになるまでは、私の受刑生活も終わらないような気がしています」

 <PFI> 「プライベート・ファイナンス・イニシアチブ」の略。公共施設の建設、運営に民間の資金や経営手法などを活用し、無駄の削減やサービス向上を図る。刑務所では、「美祢みね」(山口県)、「播磨」(兵庫県)、「喜連川」(栃木県)、「島根あさひ」(島根県)の4施設があり、主に罪の軽い初犯の受刑者を収容。知的障害や精神障害がある訓練生(受刑者)が、コミュニケーションの訓練などを受ける特化ユニットを設けている施設もある。

 やまもと・じょうじ
 1962年生まれ。96年の衆院選に民主党から出馬し、初当選。政策秘書給与流用事件で詐欺などの罪に問われ、2001年に東京地裁で実刑判決を受けて服役した。出所後に獄中体験をつづった『獄窓記』(ポプラ社)が、新潮ドキュメント賞を受賞。『続 獄窓記』(同)、『累犯障害者』(新潮社)などで罪に問われた障害者の問題を提起している。近著に小説『エンディングノート』(光文社)。


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