ウェルネスとーく
医療・健康・介護のコラム
[落語家 立川らく朝さん](上)一から作った「健康落語」 医師出身だから笑いに変えられるのかもしれませんねえ
現役の医師として一線で働いていたらく朝さんですが、落語家への夢捨てがたく、46歳で入門、長い修業期間を経て3年前に真打になりました。医師のキャリアを生かした「健康落語」で人気を博し、全国を東奔西走の日々。「健康落語」と一風変わった人生行路について聞いてみました。(聞き手・塩崎淳一郎、撮影・高梨義之)
お酒の席で、ぽろっと「落語のようにできたらいいね」
――「健康落語」って、そもそもなんでしょう。どうやって生まれたのですか?
まだ前座の頃、企業の依頼で健康セミナーをやっていたんですよ。健康管理畑の人たちと結構、酒を飲む機会があったんですね。そうしたら健康の話はつまらないって言われて。健康の話なんて面白くないじゃないですか。もっと楽しくできたらいいねという話になって、私が「落語のようにできたらいいね」って言ったんですよ。飲みながら。
そこにいたある大企業の健康管理室の看護師長さんから、後日、電話があって、「この前、落語で健康教育をやるって言ったわよね」と言うんです。「えっ、言ってませんよ」「いや、言ったじゃないの。やってちょうだい」って言う。「落語みたいにできたらいいね」と話したのを、「落語でできたらいいね」って聞き間違えたんでしょうね。私が落語でやると思い込んじゃったんです
「場所も日にちも決めちゃったんだから、やってくれなきゃ困るわよ」。「嘘でしょう」って感じなんですけれどもね。まあ、断ろうと思えば幾らでも断れたんですよ。聞き間違いですよって言えば、それっきりなので。でも、なんか私の中で、そんなことができたらいいなというのは潜在的にあったんでしょう。で、ぽろっと言葉に出たんでしょうね。
――偶然の産物だったのですね。
せっかくというか、そういう状況になったということは、これをやれってことなのかなと思ってね。私って、割にそういう発想するタイプなんですよ。これは天がやれと言っているんだと思って、じゃあやっちゃおうかと思って引き受けたんです。
引き受けたんですけれども、何もないわけですよ。本番が2か月後ぐらいだったかな。その間に 噺 を作らなきゃいけないんです。さあ、どうしようと思ってね。「健康落語」なるものが世の中にあるわけじゃないから、一から作る必要がある。ずっと考えていても、全然できないんです。それが本番直前になって、ふっとアイデアが出てきてね。手繰っているようにしてやっていくうちに一本できちゃった。3日前です。
それから、ぶつぶつぶつぶつせりふにしていって、神奈川県の茅ヶ崎にあるその会社の保養所でやったんですが、最終的に噺ができたのは東海道線でもうすぐ着くという頃。大船駅か何かを過ぎた頃だったですね。直前ですよ。
だからぶっつけ本番です。そうしたらウケちゃいまして(笑)、「おお、これはいいな」と。自分の独演会でやってみたらまたウケちゃって、「へえーっ」と思いましてね。じゃあシリーズ化しようかなと思ってできたのが健康落語。ひょんなことからできたんですね。でも考えたら、私が潜在意識の中ではこんなことをやりたいなと思っていたんでしょうね、きっと。
――今、噺家さんの中でほかに健康落語をやっている方はいらっしゃいますか?
私のオリジナルなので、私だけです。全て新作なのですが、今、持ちネタは、80から90の間ぐらいだと思います、多分。数えてないけど。
ネタになるのは糖尿病、高血圧、痛風…
――どんな病気がネタになるんですか?
ほとんどが生活習慣病です。というのは、自分に身近な病気でないと聴かないじゃないですか。聞いたこともないような病気の健康落語って、聴きたいなんて思わないですよね。つまり自分にとって身近な病気で、水虫じゃしようがないです。命にかかわるものなら、みんな興味を持つわけでしょう。何とかしなくちゃと思うじゃないですか。
身近で命にかかわって、なおかつ予防可能。予防ができないものは最初から話にならない。この三つの条件を満たすものが結局、生活習慣病なんですよ。脳卒中、心筋梗塞。それから糖尿病、高血圧、痛風、今は胆石なんかもそう言われますね。メタボ肥満。ほかには、がんや認知症もネタになりますね。
――例えば、認知症についての話などはシリアスだと思うのですが、それをどう落語にするのですか?
そこが一番難しいんですよ。落語で健康の噺をすると言うと、皆さん「ああ、いいですね」って言ってくださるんですね。それはいいアイデアですねとか、需要はあるでしょうとか。でも、実は落語と健康って水と油なんですね。相反するものなんですよ。
というのは、健康になるためには健康的なことをやらなくちゃいけないじゃないですか。健康的なことというのは人間の欲求に反するんですよ。早寝早起きしましょう、規則正しい生活をしましょう、腹八分目にしてお酒を控えましょう、禁煙しましょう、よく動きましょう、美食は避けましょう、全部やりたくないことばかりでしょう。毎朝早起きしてジョギングしましょうと言ったって、普通は嫌じゃないですか。中には好きな人もいますけれどもね。普通は嫌なものなんですよ。つまり人間の欲求に反することをしなくちゃいけない。
ところが落語というのは、人間の欲求のままに、人間の生の姿をさらけ出しながら人々が相対していく、生活していく、行動していく。それが落語なんですよ。まるっきり反対の世界なんです。そういう落語の言ってみれば非常に自由でネガティブなものを隠さない世界、その中に健康的なことをやりましょうって言ったって、受け入れられない。非常に難しいんです。
例えば、糖尿病の話なんかは一番分かりやすいと思います。食べちゃいけないわけですよ。カロリー制限しなきゃいけない。お酒も、カロリーが高いからそんなに飲んじゃいけない。でも落語で、食べるのをやめましょう、カロリー守りましょう、お酒飲むのを控えましょうなんて誰が聴きますか。こんなもの面白くも何ともないじゃないですか。この矛盾を解決しないと落語が成立しない。
1 / 2
【関連記事】