在宅訪問管理栄養士しおじゅんのゆるっと楽しむ健康食生活
医療・健康・介護のコラム
食欲はコントロールできるのか ―食欲不振編―
訪問栄養指導をしていると、実に様々な「食の悩み」に遭遇します。最近、特に増えてきた相談は「高齢者の食欲不振」です。病気の悪化によるものなのか、それともうつ病など精神的なものなのか、認知機能の低下などにより「食事」を認識できないためなのか……、様々な原因が考えられます。元気だったおじいちゃんやおばあちゃんが、「食事量の低下」に伴って徐々に衰弱していくのを見ていると、一緒に暮らしている家族は不安になり、「食欲を増進し、少しでも多くの栄養を取ってもらうにはどうしたらいいのか」と日々悩むようになります。
本来、人間には体重や体脂肪を一定に保つ働きがありますが、体重が減っているのに、食欲が湧かないのはどうしてなのでしょうか。全身状態や消化機能に問題がない場合は、「老衰」と考えるべきなのでしょうか。
反対に、肥満なのに、「底なしの食欲」に悩んでいる方もいらっしゃいます。「あの患者さんのあふれる食欲を、別の患者さんに分けてあげられたらいいのに」などと妄想してしまいます。
ところで食欲とはいったい何なのでしょうか。
そんな疑問に対して、答えのヒントをくれたのは「食欲の科学」(櫻井武著 講談社)という一冊の本との出会いでした。この本を読んでみて感じたのは、「食欲」というシステムの複雑さでした。
体内で「栄養不足」をモニタリングするシステム
一人暮らしのある70代の女性Aさんは、病気の後遺症で下半身に
「食欲」は、脳の中にあるセンサーが「体に栄養が足りないよ!」という信号を受けることから始まります。血液中を流れる糖(グルコース)や、脂肪細胞から分泌される「レプチン」というホルモンの量の低下が栄養不足のシグナルとなり、私たちは「おなかがすいたなあ」と感じるのです。さらに、胃袋が空になると胃や消化管から「グレリン」というホルモンが分泌され、食欲が刺激されます。脳が「おなかが空いた」と感じたら、意識がクリアになって覚醒し、食べ物を獲得するために行動に移します。
食事をすると、腸管から糖が吸収されて血糖値が上昇し、脂肪細胞から分泌されたレプチンが増えてくることで、脳が「満腹感」を感じるのです。
さて、Aさんですが、訪問するたびに「食欲はありますか」と質問しますが、「食欲はどうも湧かないよ」という返事ばかり。
そこでAさんの生活リズムを確認してみました。朝食は午前9時、昼食は13時、そして夕食は17時半です。8時間半の間に3度の食事を済ませなければなりません。これでは食事の時間になっても「栄養が足りないよ」のサインが脳に送られることは難しいでしょう。とくに13時の昼食時は食欲が湧かず、無理やり食べものを胃に流し込んでいる状態でした。そうなると、夕食時にも食欲は湧きません。
なぜこのような生活パターンに陥ってしまったのでしょうか。
理由は簡単でした。訪問介護員(ヘルパー)の訪問時間がその時間に設定されていたからです。朝の訪問介護の時間を早く設定すると、費用が余計に高くなってしまいます。経済的にヘルパーさんの訪問時間を変えることは難しいため、食事の取り方を工夫することになりました。
しっかりと食べるためには、しっかりと空腹を感じることが大切
夕食の時間が早いため、朝は食欲がありましたので、まず十分な量の朝食を取ってもらうことにしました。昼食は無理をせず、サンドイッチなどを数切れと牛乳や果物などを添えて、軽く済ませるようにしてもらいました。さらに、ココアや栄養補助食品を活用し、少量でも必要な栄養が満たせるようにアドバイスしました。
また、ケアマネジャーさんが、外出をサポートするサービスを新たに導入してくれました。日中は少し外に出たり、買い物を楽しんだりして「活動」の機会が増えるようになると、夕方に食欲が湧いて栄養のある食事を取ることができるようになりました。その結果、栄養状態が改善し、長年悩まされていた床ずれも完治したのです。
「食べ方は生き方だ」という言葉を聞いたことがありますが、「食べること」と「生活」は密着しています。せっかく食事をするなら、空腹で食欲のある時に、栄養のある食事をおいしく取りたいものです。(在宅訪問管理栄養士 塩野崎淳子)
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