精神科医・内田直樹の往診カルテ
医療・健康・介護のコラム
衰えがつらい…認知症の人のためにできること
認知症を患う人の中には、自身の病状を認識でき、そのために苦悩する人もいます。病気の自覚がない人とは違った対応が必要になります。
自覚できるからつらい
福岡市のAさんは、87歳の元銀行員です。真面目で責任感が強く几帳面な性格で、現役時代は職場で大変頼りにされたそうです。一線を退いた後は妻と2人暮らし。毎日のように碁会所にでかけていました。
2014年6月の朝、トイレで倒れ、救急搬送された先の病院で左脳内の血腫除去術を受けました。リハビリ病院に転院しましたが、軽度の失語症と顔の右側にまひが残り、短期記憶障害と見当識障害、および本人も自覚する「物忘れ」がありました。「脳血管性の認知症」と診断され、当院が訪問診療に入ることになりました。妻にパーキンソン病があり、通院が難しかったからです。
Aさんは、礼儀正しく、穏やかな人でした。ただ、言葉がなかなか出ず、話すこと自体も不自由でした。それでも、人の話の内容は理解できるので、時間をかければ私たちの会話は成立していました。
診察の途中、Aさんは何度も「言葉が出てこない」「ボケてしまった…」と言っては、涙を流しました。思ったように話せない、意思が伝えられない――そんなもどかしさに苦悶(くもん)していました。
認知症の代表的な評価スケール「改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)」(30点満点で、点数が低いほど認知機能障害が重い)で見ると、Aさんの結果は13点。なかなか寝つけないことや食欲が湧かず、半年で体重が5キロも減ったこと、趣味の囲碁をする気にならず、一日中ぼーっとしていることにも悩んでいました。
もどかしさがうつ状態を招いた
気分の落ち込みも抱えているAさんを、私は認知症にうつ病が加わっていると判断しました。
「抗うつ薬を飲んでみませんか?」と提案すると、Aさんは「せ、っせっせんせいが、っそっそそう、お、おっ、しゃるののなら、の、のの、のんのんでみます」と、言葉をしぼり出すように答えました。Aさんの真面目な性格が伝わってきました。
眠りやすくするタイプの抗うつ薬を開始すると、2週間後には「寝つきが良くなった」、1か月後には「食欲が出て、好きだったまんじゅうなど、甘いものをまた食べるようになった」と、改善が見られました。
初めの訪問から2か月目に、Aさんの妻から「笑顔がみられるようになった」と報告がありました。再度HDS-Rを試みたところ、短期記憶障害と言葉の不自由さはあいかわらず「重度」でしたが、点数は18点に上がっていました。
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