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医療部発

コラム

麻酔事故で逝った小さな命 峻くんが遺したもの

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「勝訴」 ついに認められた病院の過失

元気なころの峻くん。この1か月あまり後に、麻酔の事故に遭った(遺族提供)

元気なころの峻くん。この1か月あまり後に、麻酔の事故に遭った(遺族提供)

 「事故を公表し、教訓として生かしてほしい。でないと息子の死が無駄になってしまう」

 医療事故で幼い息子、しゅんくんを亡くした父親の痛切な願いです。

 取材でその言葉を聞いたのは7年前でした。亡くなった峻くんと家族を題材に、医療事故を取り巻く課題を掘り下げた記事は2011年12月、命日に合わせて掲載されました。そして今、一家は大きな節目を迎えています。峻くんの両親が起こした裁判の判決が6月21日、東京地裁で言い渡されたのです。原告側の勝訴でした。

4か月前にも同様の事故 改善策なく

  峻くんこと清川峻平しゅんぺいくんは、両親の仁さん、由紀さん夫妻の次男で、双子の弟・こうくん(航永こうえいくん)と一緒に04年の七夕の日、東京で誕生しました。生まれつき重い心臓病を抱えており、何度かの手術を受けなければならなかった峻くん。榊原記念病院(東京都府中市)で、2度目の手術の準備として06年9月に受けた検査のとき、麻酔の事故にあって寝たきりになり、3か月後に帰らぬ人となったのです。2歳5か月という短い命でした。

 判決などによると、使われたのはフローセンという吸入麻酔薬で、当時はすでにもっと使いやすい薬が出回っていたこともあり、他の病院ではあまり使われなくなっていたものです。しかも通常より高い濃度でした。きめ細かく血圧測定をして患者の状態を周到に管理したり、急変したとき素早く必要な薬が投与できるよう、あらかじめ点滴用のチューブを血管につないでおいたり、多くの病院がとり入れている安全策もなかったといいます。実は、峻くんの事故の4か月前には、同じ小児科医によって同様の麻酔事故が起きており、小学生の女の子が寝たきりになっていましたが、この事故の教訓も生かされていませんでした。この女の子も、翌年亡くなっています。

 重い心臓病の子どもに対する麻酔はリスクが高く、技術が必要と言われています。ある専門家は取材に対して「安全に行うためには麻酔専門の医師が担当し、細心の注意を払って行うべきだ」と語り、そうでない医師が行う危うさを、こんなふうにたとえました。

 「普通免許のドライバーが、F1レースに出るようなもの」。それだけ難易度の高い医療ということなのでしょう。

 裁判所は、麻酔を担当した医師の注意義務違反や過失が、峻くんの死亡につながったことを認めました。病院側は、行った医療に問題はないという主張をしてきましたが、判決では、この薬を重い心臓病の子に使うのならば、「安全に常に配慮し、麻酔の深度は検査に必要な最低限の深さにとどめることができるよう麻酔管理を十分に行うとともに、急変のリスクに的確に対応するための対策を十全に行うことが当然」と厳しく指摘しています。

医療機関の改善につながれば、天国にいる息子も報われる

お兄ちゃんの純生くんを真ん中に、「川の字」になってご機嫌の3人。右が赤ちゃんの峻くん(遺族提供)

お兄ちゃんの純生くんを真ん中に、「川の字」になってご機嫌の3人。右が赤ちゃんの峻くん(遺族提供)

 峻くんは、体は丈夫でなかったけれど、家族と普通の生活を送っていました。三つ上の兄・純生じゅんきくんは双子の弟たちが大好きで、いつも2人と一緒に「川の字」になって寝ていました。航くんは、小さくても峻くんを守ってくれる存在。三輪車に2人乗りしようとしてうまくいかなかったときは、言われなくても自分が降りて峻くんに譲り、やさしく背中を支えてあげました。

 家族みんなで大切にしていた峻くんが医療事故で亡くなり、両親は病院との話し合いを続けていました。しかし、病院側は問題ないという立場をとっていて、納得いく対応はなかったといいます。それでは冒頭のような願いはかないません。悩んだ末に、客観的な判断を仰ぎたいと考えた両親は、14年になって、やむにやまれず民事訴訟に踏み切ったのです。「このことを多くの人たちに知ってもらいたい」。そう考えた両親は判決の後、記者会見に臨み、父親の仁さんはこんな思いを語りました。

 「事故についても正直に公開することが、責任ある医療機関のあるべき姿だと考えています。少なくとも、われわれの4か月前の事故が広く知られ、病院が緊張感を持って過ちを改善していたら、息子は命を落とすことはなかったと思っています。今回の判決が、今後の医療機関のあり方を少しでも改善することにつながれば、天国にいる息子も報われると思っています」

事故の教訓 未来の子どもたちのために

とても仲良しだった双子の峻くん(左)と航くん(遺族提供)

とても仲良しだった双子の峻くん(左)と航くん(遺族提供)

 峻くんと双子の航くんはいま、中学2年生。それほど長きにわたる家族の葛藤を支えたのは、こういう思いだったのです。本当の願いは、峻くんを帰してもらうことでしょう。しかし、それはだれにもできません。医療事故を検証して後の教訓にすること。それは亡くなった患者やその家族だけでなく、この社会にとって大切なこと。小さな峻くんがのこしたものは、未来の子どもたちを救うことにつながるはずです。

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高梨 ゆき子(たかなし・ゆきこ)
読売新聞医療部記者。
社会部で遊軍・調査報道班などを経て厚生労働省キャップを務めた後、医療部に移り、医療政策や医療安全、医薬品、がん治療、臓器移植などの取材を続ける。群馬大病院の腹腔鏡手術をめぐる一連のスクープにより、2015年度新聞協会賞を受賞。著書に「大学病院の奈落」(講談社)がある。

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医療部発12最終300-300

読売新聞東京本社編集局 医療部

1997年に、医療分野を専門に取材する部署としてスタート。2013年4月に部の名称が「医療情報部」から「医療部」に変りました。長期連載「医療ルネサンス」の反響などについて、医療部の記者が交替で執筆します。

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1件 のコメント

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麻酔科医への処分は?

あっち

同じ医療事故を2件立て続け起こした小児科医に処分は下ったのでしょうか。 いまでも何食わぬ顔で医業を続けているとしたら怖すぎます。

同じ医療事故を2件立て続け起こした小児科医に処分は下ったのでしょうか。
いまでも何食わぬ顔で医業を続けているとしたら怖すぎます。

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