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【回想インタビュー】青春 記憶の門の鍵…五木寛之さん

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 高齢化が進む中、なつかしい記憶を振り返る「回想」が注目されています。脳を活性化し、認知症の症状の進行を抑えるなどの効果が指摘されている回想の意義について、「孤独のすすめ 人生後半の生き方」などの著書がある作家、五木寛之さん(85)に聞きました。

(医療ネットワーク事務局長 池辺英俊)

 

園田寛志郎撮影

 国や社会の歴史、そして人の一生は、登山にたとえることができます。登るときは、頂上を目指すのに必死で、まわりを見る余裕もありません。むしろ、安全に優雅に楽しんで下山していく過程こそ登山の醍醐味だいごみではないか、というのが僕の持論です。

 富山県の立山を下りていくとき、遠くに日本海や富山の街、山の峰々が見えたり、高山植物やライチョウに出合ったりしました。人生の下山では、自らの来し方・行く末を考える余裕ができるのです。

 今、不安の時代といわれています。「健康、経済(カネ)、孤独」の「3K」が、高齢者にとっての大問題となっています。大病でもすれば、高額の治療費で個人の貯金なんて吹っ飛んでしまうでしょう。

「思い出」は大事な資産

 そう考えると、本当に大事な資産は株でもキャッシュでもない。人間の記憶の中にある無尽蔵の思い出ではないか。「ああ、あのときは幸せだった」と思えることが誰にも必ずあるわけで、その記憶を発掘し、人に語るたびに思い出が正確に明瞭に、豊かになっていくものです。これが回想です。医療現場では認知症に対する心理療法として注目されています。

園田寛志郎撮影

 回想を後ろ向き、退嬰たいえい的と批判する人もいます。でも、登山に比べて下山を低くみる考え方は逆転させる必要があると思います。無限の回想の広野に身をひたすのは大事な時間です。自身で思い出をかみしめるだけでも幸せな時間がもてるからです。思い出の抽斗ひきだしは色々な場所を繰り返し開けるうちに、やがて自然と湧きだしてきます。逆に放っておくとさび付いてしまいかねません。

 過去を振り返ると、時代の変化がよくわかります。僕は昭和7年(1932年)生まれですが、戦前と戦後では180度違う。終戦のときは朝鮮半島にいました。故郷の福岡に戻る引き揚げ船の中で、船員たちが「日本ではこんな歌がはやっていますよ」と「リンゴの唄」を聞かせてくれました。古い歌と軍歌しか知らなかったので、びっくりした記憶があります。

 ただ、話す側も色々内容を変えるなど、聞いている人を飽きさせない、喜んで聞いてもらうための工夫も大切です。聞く方のマナーも子どものときから教えなければいけません。若い人たちが好奇心をもって高齢者から昔の話を聞けば、対話もスムーズにいくのではないでしょうか。

下山、希望に満ちている

 大きな目で見ると、歴史も回想の一つ。今は専門家の予測がことごとく外れ、明日がわからない時代です。だからこそ、みんな昔のことを考えるのではないか。先が読めない時代には過去の経験則を振り返ることで、予測が立つことがあります。

 僕は、「高成長・低成熟」「低成長・高成熟」といっています。成熟の季節は低成長の時期にこそ訪れる。今、まさに日本は高成熟の時代に向かっています。その意味で、下山は希望に満ちています。そう考えると、これから先が楽しみになるのではないでしょうか。

いつき・ひろゆき 福岡県生まれ。『蒼ざめた馬を見よ』で直木賞、『青春の門 筑豊篇』などで吉川英治文学賞を受賞。『新 青春の門』を昨年1月から週刊現代で連載中。『下山の思想』(幻冬舎新書)、『孤独のすすめ』(中公新書ラクレ)、『百歳人生を生きるヒント』(日経プレミアシリーズ)など高齢期の生き方に関する著書も多い。

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