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医療部発

コラム

遊びのボランティア「まほうのランプ」の20年(下) 活動を支えた初代代表の遺志を継ぎ 楽しみにしている子がいる限り

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 1970年代、順天堂大からイギリスに留学した山城雄一郎さんは、病院で入院中の子どもたちが元気に遊ぶ姿に衝撃を受けたそうです。当時、日本の病院では、病気の子は安静にすることが当たり前でした。でも、安静にするばかりでは子どもは退屈します。遊ぶ時間があることがストレスの発散につながり、つらい治療にも立ち向かおうと積極的になります。

 「順天堂でも入院児への遊びを取り入れたい」と考えていた山城さんは、子どもの難病支援団体にかかわる中で、別の病院で遊びのボランティアをしていた元保育士の積田由紀子さんに出会いました。

病棟に外部の人間が…当初は反対意見も

 病院の中でも最もデリケートな治療やケアが必要と言える小児病棟。外部の人間が入ることには、当初、多くの反対意見があったそうです。私が活動に参加し始めた頃は、看護師から子どもの病気への配慮など注意点を伝えられることもあまりなく、遊んでいる最中にも検査や治療などが入って、子どもが泣きながら連れ出されることもありました。看護師たちから見れば、頼んでもいないのに、好き勝手に遊びに来ていると映ったのでしょう。当時教授だった山城さんの強い意向と後押しがなければ、順天堂での活動は始まらず、続きもしなかったはずです。

 次第に看護師の理解が得られ、活動前には「プレイルームに行ける子」「ベッドサイドの子」などと、子どもごとの対応を一覧表で示してくれるようにもなりました。今では活動に集まったメンバーの数より、はるかに多い子どもに遊びを頼まれることもあるそうです。

2万人近くの子と触れ合った初代代表・積田さんの思い

遊びのボランティア「まほうのランプ」の20年(下) 活動を支えた初代代表の遺志を継ぎ 楽しみにしている子がいる限り

まほうのランプ20周年で集まったメンバー、OBら

 病院側との話し合いを一手に引き受け、子どもたちのおもちゃを寄付金などで購入し、活動のメンバーを集めて事前の研修を開き、われわれが気持ちよく活動できる環境をすべて整えてくれたのが、代表の積田(つみた)由紀子さんでした。

 私は創設メンバーでありながら、積田さんの苦労をほとんど知りません。元保育士の彼女はまほうのランプの活動を始める前年、45歳で乳がんを発症し、手術を受けていました。「病気の経験者として、病気の子たちに与えられるものがあるかもしれない」との信念で活動を続けました。しかし2001年、乳がんの再発が判明します。抗がん剤治療などで積田さんが休む間も、われわれの活動は続きました。副作用で髪が抜けた後は、かつら姿で活動に復帰しました。命が限られていると分かっていたからこそ、子どもと接することを生きる原動力にしたのです。

 積田さんは15年間で800回以上の活動に参加し、延べ2万人近くの病気の子どもと接しました。12年頃には、がんは膵臓(すいぞう)や肝臓にも転移していました。病状が進み、だんだん食事が取れなくなり、やせ細っていきました。それでも活動最後となる13年3月のミーティングに参加し、こう話しました。

 「子どもって本当に素晴らしい。どんなに重い病気で入院しても、治療していても、ちゃんと育っていく力を持っている。大人は病気になると病気だけ見てしまうけど、私がそうならないでいられるのは子どものおかげ。生きるってすごい」

 それから2週間もたたず、積田さんは天国に旅立ちました。享年61歳でした。

 亡くなられた翌日、私の携帯電話に積田さんから着信がありました。びっくりして出てみると、小さな子どもの声。お孫さんが彼女の電話を触って遊んでいて、私に偶然かかったのでしょう。「やーい、ひっかかったな」。天国から笑顔で呼びかけられた気がしました。

子どものために、ボランティアのために、活動を広げたい

 あれから5年余り。まほうのランプ代表を引き継いだ伊藤明恵さんは「楽しみにしている子どもたちがいる限り、この活動はずっと続いていくものになった」と言います。私もいつか、活動に復帰しようと考えています。病気の子どもたちにも、ボランティア参加者にも、医療関係者のためにもなる活動が、全国でもっと広がることを願っています。そして、積田さんが込めた思いに恥じないように生きたいと思います。

石塚人生

石塚 人生(いしづか・ひとせ)
1999年から医療情報部で約7年間、小児医療、神経難病などを担当した。東日本大震災発生時は東北総局。石巻支局長を経て2015年6月から医療部。現在はがんや災害医療などを担当。

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医療部発12最終300-300

読売新聞東京本社編集局 医療部

1997年に、医療分野を専門に取材する部署としてスタート。2013年4月に部の名称が「医療情報部」から「医療部」に変りました。長期連載「医療ルネサンス」の反響などについて、医療部の記者が交替で執筆します。

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小児科の病院実習で、子供のテレビゲームの相手をして、気持ちが持たなかったことを思い出しました。 子供も大人も色々で、それぞれの都合があります。 ...

小児科の病院実習で、子供のテレビゲームの相手をして、気持ちが持たなかったことを思い出しました。
子供も大人も色々で、それぞれの都合があります。
家族の在り方や病気との付き合い方も色々です。

改めて、病院とは、こういうものだという意識はどこまで正しいのか、考えさせられます。
一方で、どこまでも患者の都合に合わせるのが正しいとも思いませんが、固定観念が邪魔になるのであれば、時にはそれを捨てたり改変する必要もあるでしょう。

様々な客観的な意見や常識で社会は回っています。
一方で、個々人はそれぞれの都合や感情で動いています。
個人と集団のエゴの綱引きです。

病気の子供は可哀想。
病院は治療をするところ。
という一般的な理解は、全ての患児には当てはまらず、またそういう同情を主とした病院の意識や職員の仕事は個々の子供の意識や行動と乖離します。
なかなか落としどころも大変でしょうが、病院になった瞬間から病気を中心にした生活を要求されるのであれば、例え余命3カ月が1か月縮んでも、無治療のほうが一部の大人や子供には良いのかもしれません。
病気が人生の一部なのであって、人生が病気の一部ではないのですから。

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