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心療眼科医・若倉雅登のひとりごと

コラム

目が開けられないのに…時代遅れな障害認定基準の壁

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目が開けられないのに…時代遅れな障害認定基準の壁

 障害の認定基準は、視覚に障害を持つ人が生活の中で感じている不自由さを十分には反映していないという問題を私はいつも指摘してきました。根拠の一つは、東京都の視覚障害認定基準の留意事項にある次の文章です。

 「開眼(筆者注;もとの文章はこうなっていますが、 開瞼(かいけん) が正式です)困難な場合の障害認定について、両眼または一眼眼瞼下垂等のため開眼が困難で、日常生活における視力が確保できないとしても、視覚障害として認定を行わないものとする」

 これは医学的根拠に乏しく、過去の考え方を全く見直していない時代遅れな基準です( 脳障害で「 (まぶ) しい」「眼痛」…障害者と認定されない理由 )。

 この文章が成立した過程は、よく分かりません。おそらく、中枢神経系の異常で生じる「眼瞼けいれん」という病態がよく理解されておらず、心因性や詐病だろうとして扱われていた時代に、「目が開かないのは故意に違いない」という偏見があって、そこから生まれたのではないかと思います。

 しかも、この文章が、最近また視覚障害の認定却下の根拠として使われました。

突然の激痛、開かなくなった両目…脳からの信号が届かない

 一昨年の11月、都内で一人暮らしをする60歳代女性が私の外来にやってきました。半年前に突然、両目に激痛が走り、目が全く開かなくなったといいます。救急車で病院に駆け込み、頭部のCT検査などをしましたが、「異常はない」として帰宅させられました。

 ところが、その後も痛みは治まりませんでした。上下のまぶたやその周りが、「ぎゅー」と強く収縮し(専門用語で「れん縮」といいます)、物が見えない状態が続きました。眼科、心療内科、ペインクリニックなどを受診しましたが、原因はわからず、症状の改善はみられなかったということです。

 彼女が私の外来に来た時、目を開けられず、視力検査ができませんでした。でも、診察上、眼球そのものに痛みの原因はないと判断できました。

 また長年、向精神薬を使用していたというお話から、重い「薬剤性眼瞼けいれん」であることが判断できました。「目を開けたい」という意識は持っているのに、「開けなさい」という信号が脳から (まぶた) に届かない「開瞼 失行(しっこう) 」という状態だったのです。

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201505_第4回「読売医療サロン」_若倉

若倉雅登(わかくら まさと)

井上眼科病院(東京・御茶ノ水)名誉院長
1949年東京生まれ。北里大学医学研究科博士課程修了。グラスゴー大学シニア研究員、北里大学助教授、井上眼科病院副院長を経て、2002年から同病院院長。12年4月から現職。日本神経眼科学会理事長、東京大学医学部非常勤講師、北里大学医学部客員教授などを歴任し、15年4月にNPO法人「目と心の健康相談室」を立ち上げ副理事長に就任。「医者で苦労する人、しない人---心療眼科医が本音で伝える患者学」、「健康は眼に聞け」「絶望からはじまる患者力」(以上春秋社)、「目の異常、そのとき」(人間と歴史社)、医療小説「茅花流しの診療所」(同)など著書多数。専門は、神経眼科、心療眼科。予約数を制限して1人あたりの診療時間を確保する特別外来を週前半に担当し、週後半には講演・著作活動のほか、NPO法人、患者会などでのボランティア活動に取り組む。

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