在宅訪問管理栄養士しおじゅんのゆるっと楽しむ健康食生活
医療・健康・介護のコラム
要介護状態でも自分らしい食生活を営むには
ゴールデンウィークはどのように過ごされましたか。私は、4月29、30日に東京で開催された「日本在宅医学会第20回記念大会」に参加しました。午前8時から夕方まで、在宅医療に関するシンポジウムや講演を立て続けに聞き、頭がパンクしそうでしたが、さまざまな新たな知見を得ることができました。
会場では、各地で活躍する「在宅訪問管理栄養士」の仲間にも再会することができました。全国的にはまだ少ない「訪問する管理栄養士」ですが、数年前よりも管理栄養士による研究発表が増えてきていることを感じました。
さて、「在宅訪問栄養指導の対象者」とは、「通院・通所できない方」ですので、要介護度が高い方がほとんどです。これまで私が訪問した約7割が要介護度4や5の患者さんです。しかし、要介護度が高くても「何もできない」わけではありません。在宅医療や介護サービスを受けながら、絵画や詩などの創作活動をしている方もいれば、旅行を楽しんでいる方もいらっしゃいます。
「看取りの時期」からの復活も
ある日、仙台市内のケアマネジャーから相談がありました。80代の女性Aさんが、食欲不振によって体重が減少し、栄養状態も悪いために訪問栄養指導を導入したいとの依頼でした。主治医によると、Aさんに内科的な問題はありません。今は「つたい歩き」でなんとか家の中を歩いていますが、「これ以上体力が落ちるのを防ぎたい」とのことでした。
「高齢だから弱っていくのは仕方がない」と考える方がいるかもしれません。「老衰だから、そっとしておけばいいのではないか」と。しかし、これまでご家族には「 看取 りの時期」とまで言われていたのに、栄養状態が改善して元気になった高齢者の方々を、私は何人も見てきました。主治医やケアマネジャーが「栄養状態が改善すれば、元気になるかもしれない」と感じたなら、食事内容を見直してみる価値はあると思います。
Aさんと話してみると、確かに少し弱っているように見えましたが、「何を食べたらいいのかしら?」と前向きな質問もされました。食欲不振と聞いていましたが、食べる意欲がないわけではなく、好きな物は召し上がっているようでした。
食欲が低下しはじめたのは、半年ほど前だそうです。それまでは自分で料理をしていたAさんも、足腰が弱り、キッチンに長時間立っていられなくなったことで、ご家族にスーパーの 惣菜 を買ってきてもらうようになりました。しかし、口に合わないと残してしまうそうです。
私はAさんの食欲不振の原因は、これではないかと考えました。もともと、何十年も主婦としてキッチンに立ってきたAさん。和食から洋食、中華など、どんな料理もご自分でおいしく調理することができました。それゆえ、「甘すぎる煮物はイヤ」など、家庭料理に対するこだわりも強いのです。私は、Aさんが「自分の味」を食生活に取り戻すために、何かできることはないかと考えました。
100年物の「糠床」のゆくえ
料理が好きな女性なら、漬物も「自家製」だったかもしれないと思い、「梅干しや 糠 漬けもご自分で漬けていたのですか?」と尋ねると、Aさんは「あっ!糠床、どうなったかしら」とつぶやきました。「糠床は、キッチンの床下にあるはずだよ。でも、もうしばらく開けていないから、カビが生えているかもよ?」と息子さん。
「あの糠床はね、私がお嫁に来た頃には既にこの家にあったものなのよ。だからね、もう100年物よ。ずっと糠をつぎ足しながら大事に野菜を漬けてきたのよ」とAさん。そして、「美味しい糠漬けの作り方」について、いきいきと語ってくれました。
1週間後、再度Aさんのお宅を訪問しました。「あのあと、久しぶりに糠床をかき混ぜたのよ」とAさんは満足そうでした。蓋つきの陶器の 壺 に入った糠床は、新しい糠が加えられ、表面はきれいにならされていました。
たとえキッチンに立てなくても、Aさんが「自分の味」を楽しむことができれば、食事量が増えていくかもしれません。なにより、「Aさんの創作意欲」が復活したことが、生活の中に張りをもたらしてくれるのではないかと、「100年物の糠床」に期待している私です。
たとえ要介護状態になっても、「できないから」とすべてを諦めるのではなく、少しでも主体的にできることはないか、生活を見つめ直すことが必要だと思います。それが暮らしの中でできる「役割」となり、「リハビリ」につながることもあるでしょう。
今後は、共に暮らすご家族が「Aさんの家庭料理」を再現でき、栄養バランスのとれた食生活を送ることができるよう、お手伝いをしていきたいと思っています。(塩野崎淳子 在宅訪問管理栄養士)
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