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僕、認知症です~丹野智文44歳のノート

コラム

仙台市にやっと届いた認知症当事者の思い

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認知症ケアに意見、対策推進会議の委員に

 仙台市の介護予防推進室(当時)から突然、連絡を受けました。私に、「認知症対策推進会議」の委員になってほしいというのです。2015年春のことでした。

 認知症対策推進会議には、医師会や介護施設の協会など、主に医療・介護関連団体の関係者が集まり、仙台市の認知症ケアについて意見を出し合います。互いの連携を深めるとともに、会議で述べられた意見が、仙台市の施策に生かされるのです。

 認知症の人への区役所窓口での対応などに疑問を持ち、市長に手紙を書いて、「仙台市を認知症になっても安心して暮らせるまちに」とお願いしたことは、前回のコラムで述べた通りです。市政に対して言いたいことは、たくさんありました。

 委員になり、年に2回開かれる会合に出席しました。私自身は、記憶が悪くなったことに気づいていても、どの病院のどの診療科を受診すればいいか分かりませんでした。認知症の診断を受けても、支援の仕組みや「認知症の人と家族の会」などの情報がどこで手に入るのかも不明で、途方に暮れました。そうした自分の経験を交えながら話しました。

 診断直後で症状がそれほど進んでいない人には、介護保険よりも、社会とつながりながら暮らしていけるような仕組みが必要であること。そして、認知症の人が、自分でできることは自分でやり、できないことだけをサポートするようにして、残された能力を生かして暮らしていけるような支援を広げてほしいことなどを訴えました。

仙台市政にやっと届いた当事者の思い

仙台市の認知症ケアパス。市のサイトからダウンロードできます

認知症の人が「普通に暮らす」ためのケアパス

 この会議とほぼ同時期に始まった認知症ケアパス作りにも加わりました。ケアパスとは、認知症の人が暮らしていくのに役立つ医療・介護サービスなどの情報をまとめた冊子です。市内の地域包括支援センターや病院の職員などが参加するケアパス作成ワーキングで、アイデアを出し合いました。

 市の担当者やワーキングの他のメンバーは当初、ケアパスの利用者として、主に認知症の人の家族をイメージしていたようです。しかし私は、認知症になった人自身が、「相談窓口などの様々な仕組みや周りの人々とのつながりに支えられながら、普通に暮らしていけるんだ」と思えるような冊子にしたいと言いました。

 私の思いが伝わり、メンバーがそれぞれの地域の当事者に話を聞きに行くようになりました。内容も、当事者を強く意識した構成になっていきました。

 冊子は、16年3月に完成しました。認知症の症状などの説明はできる限り簡潔にして、難しい話は省きました。「認知症になったことを周囲に伝えるかどうか」など、当事者が直面する問題に対するアドバイスや、家族の会のつどいや認知症カフェなどの人と交流できる場所のリスト、働き続けたい場合の相談窓口など、認知症になった人が日々の暮らしの中で迷ったり、悩んだりしたときに助けになるような情報が、分かりやすくまとめられています。

 それぞれのテーマに合わせて、当事者や家族の声も紹介しています。私自身、自分より前に認知症と診断され、不安を乗り越えてきた“先輩”たちと出会い、話をすることで笑顔を取り戻しましたし、これからの生活を考える上でも参考になります。

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丹野智文(たんの・ともふみ)

 おれんじドア実行委員会代表

 1974年、宮城県生まれ。東北学院大学(仙台市)を卒業後、県内のトヨタ系列の自動車販売会社に就職。トップセールスマンとして活躍していた2013年、39歳で若年性アルツハイマー型認知症と診断を受ける。同年、「認知症の人と家族の会宮城県支部」の「若年認知症のつどい『翼』」に参加。14年には、全国の認知症の仲間とともに、国内初の当事者団体「日本認知症ワーキンググループ」を設立した。15年から、認知症の人が、不安を持つ当事者の相談を受ける「おれんじドア」を仙台市内で毎月、開いている。著書に、「丹野智文 笑顔で生きる -認知症とともに-」(文芸春秋)。

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