文字サイズ:
  • 標準
  • 拡大

老いをどこで 第1部

連載

[老いをどこで]かなわぬ思い(下)見知らぬ地の高齢者住宅へ

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

地元の都内は経済的に厳しく

[老いをどこで]かなわぬ思い(下)見知らぬ地の高齢者住宅へ

都内の中華料理店で長年働いていたという男性。タブレット型端末で調理の動画を見ることが少ない楽しみの一つだ(群馬県前橋市で)

 身寄りがなく、生活に困窮したお年寄りが介護の必要な状態になった時、住み慣れた家で暮らし続けるのは難しい。

 「東京が懐かしいよ。そりゃ、できることなら死ぬまで地元で暮らしたかったよ」。群馬県のJR前橋駅からバスで約30分。赤城山を望む高齢者住宅で3年前から介護を受けて暮らす男性(76)は、ベッドに横たわりながら、こぼれる涙をティッシュでぬぐった。

 東京・両国の生まれ。都内の中華料理店で長くコックとして働いた。今の楽しみの一つは、施設が貸してくれたタブレット型端末で調理の動画を見ること。「カンシャオシャーレン(干焼蝦仁)」。得意料理だったというエビチリの動画を見ると、中国語の読み方が、今でも自然と口をつく。「朝から晩まで働いた。忙しいなんてもんじゃなかった」。そう振り返る。

 男性は60歳代半ばのころ、勤めていた店が閉店したため、仕事と住まいを失った。家族とは縁が切れており、2007年ごろから生活保護を受けて都内にある生活困窮者向けの無料低額宿泊所に入った。

 しかし、14年に体調を崩して1か月入院。介護が必要になったため、生活保護費を支給していた豊島区が今の高齢者住宅を紹介した。

 男性が都内で暮らし続ける選択肢はなかったのか。

 「群馬が縁もゆかりもない土地なのはわかっている。でも、懐の厳しい高齢者が介護を受けながら暮らすには、都内の施設は値段が高すぎる。やむを得なかった」。豊島区の担当者は重い口を開く。

 同区の生活保護費は単身高齢者の場合、月約13万円。特別養護老人ホームであれば、月10万円ほどの負担で入れるが、入所を待つ人は都内で約2万5000人。区内だけで約600人もいる。その額で入れる有料老人ホームや高齢者住宅は、「ほぼない」(同区の担当者)。男性と同様に、都外の高齢者施設で暮らす区内の生活保護受給者は、約200人に上る。

 男性の暮らす高齢者住宅は、職員による見守りや生活相談、3食が付いて月約10万円。土地代などが安いためだ。運営する介護ネクスト(群馬県伊勢崎市)の大場隆幸副社長は、「意図したわけではないが、都内で暮らしていくには経済的に厳しいお年寄りの受け皿となっている」と明かす。「年金が少ない人や生活保護のお年寄りが増えていけば、ニーズはさらに増すだろう」とも話す。

 男性を訪れるのは豊島区のケースワーカーだけ。それも年1回だ。都内で暮らしているという親族が来たことは一度もない。「職員は優しいし、不満もない。でも、楽しいということもない」。男性はさみしげな表情を見せる。

生活困窮の高齢者 年々増加

id=20180501-027-OYTEI50019,rev=2,headline=false,link=true,float=right,lineFeed=true

 男性のケースが特殊でないことは、困窮する独り暮らしの高齢者が多い実態からもうかがえる。

 生活保護の受給世帯のうち、高齢者世帯は、1990年の約23万世帯から2015年には約80万世帯に増えた。これは全受給世帯の半分を占める。貧困状態にある人の割合を表す相対的貧困率も、一般の世帯より、高齢者世帯の方が高い。

 独居の高齢者も増えている。15年の国勢調査によると、その数は00年のほぼ倍となる約593万人。国立社会保障・人口問題研究所の推計では、40年には約896万人に上るとされる。

  [記者考]精神的負担に配慮を

 住む場所を選ぶ際に、お金の制約はつきもの。男性が地元を離れたのはやむを得ないことだったのかもしれない。だが、高齢者の場合、生活環境の変化による精神的な負担への配慮が必要だ。「日々の生活で育まれる、人と人のつながりは目に見えにくく、軽視されがち」(都内で低所得者らの生活支援を行うNPO法人理事の滝脇憲さん)という現実もある。

 本人の思いをどこまでくみ取るのか。判断は極めて難しい。ただ、「地元で最期まで暮らせる社会」を目指すなら、男性の涙にも向き合う必要がある。

 (板垣茂良)

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

連載の一覧を見る

老いをどこで 第1部

最新記事