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もっと知りたい認知症

武地一さん (1) 認知症とは何か

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藤田保健衛生大学医学部認知症・高齢診療科教授
武地 一(たけち・はじめ)氏

 「認知症」と聞いた時、どんなイメージが浮かぶでしょうか? 物忘れがひどい、妄想や徘徊(はいかい)がある――。誰しも何らかのイメージを持っていると思います。しかし、それが正しい知識に基づいているかというと、そうではない場合が多いのも実情です。

 認知症とはどんな病気なのか。どんな症状で、診断や治療はどうなっているのか。

 今回は、認知症の診療に長年携わっている藤田保健衛生大学の武地一教授(認知症・高齢診療科)に、認知症を正しく理解し、きちんと備えることの大切さや、住み慣れた地域で安心して暮らせるよう支える「認知症カフェ」の活動について、4回に分けてお話を伺います。

(本田 麻由美)

「正しく知って備える」ことが、ますます重要に

武地先生1

武地 一氏

――社会の高齢化で、認知症への関心がますます高まっています。ただ、漠然とした不安や「何も分からなくなるのでは?」といった嫌なイメージを持っている人も多いようです。

 確かに、認知症はなかなか分かりにくい病気であるため、「分からないものは怖い」という感情を持ってしまいがちです。「予防したい」と思うのも当然です。

 しかし、それだけでは大きな落とし穴があると思います。「予防」だけを考えていると、認知症とはどのような病気で、どのように備えたらいいのか、考えることを放棄してしまうことにつながりかねないからです。がむしゃらに運動するとか何かを食べればいいと思い込んでしまうと、逆に健康を害することにもなります。それに、認知症になった方が何も予防していなかったかというと、そんなことはありません。これだけ長寿社会になると、長生きすることで認知症になる人が増えるのです。

 だから、食生活に気をつけたりウォーキングに励んだりして健康維持に努めるのと同時に、認知症についての正しい知識を持ち、どんなふうに介護保険サービスを使えばいいのかなど、備えることも大切です。これらは車の両輪です。「認知症になったらおしまいだ」などと、むやみに恐れるのではなく、正しく理解して冷静に備えることが大切です。

――分かりにくいということですが、認知症とは、どんな病気なのですか

 認知症というのは、様々な原因で脳の細胞が死んだり働きが悪くなったりして、記憶障害などの症状が表れ、生活に支障が出ている状態のことを言います。いわば、いろいろな病気の集まりであり、原因となる病気は数十種類もあります。

 最も有名なのは、アルツハイマー病が原因の「アルツハイマー型認知症」で、統計にもよりますが、全体の半分から6割程度を占めます。そのほか、意欲低下などがある「脳血管性認知症」、存在しないものが見える幻視が特徴的な「レビ―小体型認知症」、同じ行動を繰り返す症状がみられる「前頭側頭型認知症」をあわせて、4大認知症と言われます。

――それ以外にもあるのですか?

ZU1キャプチャ この4大認知症で大部分を占めますが、残りの5~10%は他の原因です。その種類はたくさんあり(図1)、中には、原因を特定して適切な対応をすれば、治る認知症もあります。例えば、「正常圧水頭症」や「慢性硬膜下血腫」は手術で、「ビタミンB12欠乏症」は必要なビタミンを補うことで、すっかり治る場合があります。慢性硬膜下血腫の場合は、記憶障害や歩行障害などの症状が、数か月で急に進むことが多いのも特徴です。早期の治療が決め手になるので、早めに受診することが重要です。

 一方で、「アルツハイマー型認知症」などは、現在のところ根治は難しいですが、初期からの適切な治療やケアで進行を遅らせることができます。上手に付き合っていくことが大切です。

 

――認知症の症状といえば、物忘れや徘徊などを思い浮かべる人が多いようですが、実際には、どのようなものがあるのですか?

図2 まず、認知症の人が全員、徘徊をするわけではありませんし、何も分からないわけでもないことを知っておいてください。散歩や買い物など、何か理由があって外出した先で、帰る道や方向が分からなくなるといったことが、徘徊と呼ばれたりしています。一方で、自分自身で、分からなくなるということが何となく分かっていて、不安で家を出られないという人もいます。認知症の症状は様々ですが、整理すると「中核症状」と「行動・心理症状(BPSD)」に大きく分けられます(図2)。

 

脳の機能が損なわれることで直接的に起きる「中核症状」

――少し難しい言葉ですね。まず、「中核症状」というのは何ですか?

 「中核症状」というのは、病気で脳の細胞が壊れることで直接的に起きる症状で、認知症になると基本的に誰にでも表れます。徐々に進行するのが特徴です。

 代表的なものに「記憶障害」があり、経験した出来事全体をすっかり忘れてしまうのがポイントで、部分的に思い出せない「加齢による物忘れ」と区別できます。そのほか、時間や場所が分からなくなる「見当識障害」、料理など手順を考えて行うことが難しくなる「実行機能障害」、簡単な道具の使い方が分からなくなる「失行」などの症状があります。

――様々な症状があるうえに、実際に接していても病気なのか、ちょっとした失敗なのか分かりにくい場合もありそうですね。

 そうです。認知症がなぜ分かりにくいのかという理由も、そこにあります。

 例えば、脳梗塞だと、一般的に手足がマヒするとか言語障害が起きるとかの症状があります。手足のマヒという症状に対しては、誰がどうやって支援すればいいかが比較的分かりやすい。しかし、認知症の場合、症状が複雑で、何に困っているのか、なぜ困っているのかが分かりにくい。認知症の人にうまく接することができなかったり、困っていることを手伝えなかったりするのはなぜかというと、一見、普通に歩いているように見えるし、しゃべっているように見えるけれど、目に見えない病気というか、複雑な脳の働きと関係した場所に病気が起きているからです。

――複雑な脳の働きと関係した場所に病気が起きているとは?

 脳の中の、人間の様々な複雑な活動を担当する場所に病気が起きているのです。

 例えば、脳内の「海馬(かいば)」という場所は「記憶」の働きに関係している場所で、ここに病気が起きて働きが悪くなると、新しいことを覚えにくくなります。昔のことを思い出すことは問題なくても、新しい出来事はスッポリと抜けてしまう。普通に会話しているように見えても、抜けてしまうという症状が表れます。

 「頭頂葉」の働きが落ちると、簡単な道具の使い方が分かりにくくなる「失行」という症状が表れます。例えば、服を自分で着ることができないとか、テレビのリモコンが使えなくなるとか。また、段取りや手順を考える力は「前頭葉」が主に担っており、その働きが悪くなると、料理をするとか旅行の計画を立てるとかいうことができなくなる。これが「実行機能障害」ですね。

――脳のどこの働きが悪くなり、どういうことが難しくなるのかを知ることで、どんな支援があればいいのか理解しやすくなりますね。

 そうですね。また、認知症の種類によっても症状は様々です。

 「アルツハイマー型」の場合は記憶障害が目立ち、「脳血管性」の場合は意欲低下などが見られますが、脳梗塞や脳出血が起こった場所などによって症状も少し違ってきます。「レビ―小体型」は、幻視や具体的な妄想、パーキンソン症状などが出てきます。「前頭側頭型」は、段取りをつけるとかが難しくなり、ワンパターンな行動しかできなくなる特徴があります。何かいつもと違うことがあれば、我慢できずにイラついて怒ったり、柔軟性がなくなったりするという症状もあります。「常同行動」とか「時刻表的な行動」と言われる症状です。こういうことを知らないと、何に怒っているのか分からないので、つい「怖い、嫌だ」と感じてしまうことになってしまいます。

――確かに、なかなか分かりにくい症状ですね。

 このように認知症は、直感的にみて分かりやすい病気・障害ではないので、分からないことからくる忌避感というか、「分からないものには触れたくない、怖い」という感情をもってしまいがちです。

 しかし、厚生労働省研究班の研究では、認知症の高齢者数は2012年時点で462万人。2025年には最大で730万人に上り、65歳以上の5人に1人まで増加すると推計されています。認知症の「予備軍」も400万人いるとされ、すべてを予防する方法は、まだ解明されていません。

 だからこそ、正しく知り、どう対応していくのか、きちんと備えることが一層、大事になっているのです。

【プロフィル】 武地 一(たけち・はじめ)
藤田保健衛生大学医学部認知症・高齢診療科教授
【略歴】1961年生まれ。京都大学医学部卒業。福井赤十字病院、京都大学大学院、大阪バイオサイエンス研究所、ドイツ・ザール大学生理学研究所などで臨床・研究を行い、1999年、京都大学医学部付属病院に物忘れ外来を開設。認知症を中心に高齢者医療、地域連携、介護者支援などに取り組んできた。日本認知症学会および日本老年医学会専門医。2016年4月より現職。2016年度日本認知症ケア学会・読売認知症ケア賞(奨励賞)受賞。近著に「認知症カフェハンドブック」がある。

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