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専門家に聞く

もっと知りたい認知症

武地 一さん(3) 「その人らしさ」が消えたら、初期のサイン

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藤田保健衛生大学医学部認知症・高齢診療科教授
武地 一(たけち・はじめ)氏

 認知症とはどんな病気なのか。

 長年、認知症の診療に携わっている藤田保健衛生大学の武地一教授(認知症・高齢診療科)に聞くこのシリーズでは、認知症を正しく理解し、きちんと備えることの大切さや、症状の特徴と対応の仕方などについてお話を伺ってきました。

 3回目は、認知症の初期の変化に気づき、できるだけ早く受診やケアにつなげるポイントを考えます。それが、住み慣れた地域で長く暮らしていくためのコツなのだといいます。

(本田 麻由美)

住み慣れた地域での暮らしを守る「早期診断・ケア」

武地 一氏

武地 一氏

――前回までに認知症の症状について伺いましたが、症状は時間の経過とともに変化するのですか?

 身体の状態や症状の表れ方が、軽度、中度、重度と進行するのに伴い変わっていきます。

 アルツハイマー型認知症の場合、ごく初期(軽度認知障害)の頃は、例えば、自分でコンビニに買い物に行ったり、バスに乗って出かけたりしていて、洗濯や簡単な食事作りも自分でできますが、物忘れが普通よりも少しひどいかなと感じる状態です。

 軽度から中度になると、一人で外出して何かをしてくることが徐々に難しくなってきます。例えば、帰る道が分からなくなる、お店でお金をちゃんと払うことができなくなるなど。家の中でも、料理をするとか季節に応じた服装をするとか、少し複雑なことが難しくなります。

 この頃までは、しゃべっていると何となく話の繰り返しが多くて、「ちょっとボケてきたなぁ」というのが分かる状態ですが、重度の段階になると、言葉でのコミュニケーションが難しくなります。

――そうした変化は、どれくらいの期間でおきるのですか?

 認知症の一般的な経過を、図にまとめてみました。症状が表れ始めてから重度の状態になるまでには、人によって進行ぐあいも違うので、10~20年ほどあるとみられています。

インタビュー武地(3)図

 多くの場合、「あれ、そうかな?」と思っているうちに「物とられ妄想」のような典型的な症状が表れ、対応の良い家族だと「何かおかしい。早く診てもらった方がいいんじゃないか」と話し合って受診されます。ただ、早い段階で診断や介護保険の認定を受けても、「まだ介護は必要ない」とサービス利用にはつながらないことも多く、本人は「不安」などの症状が強くなっていきます。1~2年してデイサービス(通所介護)を使い始めることが多いですね。そんな時に転倒・骨折などして入院すると、せん妄(意識障害などで頭が混乱した状態)などを起こし大変なこともありますが、上手にリハビリを行うと、もとの自宅に戻ることもできます。

 しかし、そうこうするうちに、徘徊(はいかい)などの症状が出てくることがあります。介護サービスを増やし、医師と相談して薬の調整なども含めて対応しますが、徐々に身体能力も衰えてきて家族介護が難しくなり、施設に入所するかどうかという話が出てくる――というのが一般的な流れですね。もちろん、医療や介護と上手に付き合い、地域の支援も得て、自宅での生活を続けられている方も少なくありません。

――図は、比較的軽度の段階で受診できた例ですね。一方で、なかなか気づかない場合もあるのでは?

 確かに、認知症とは気づかないまま、症状がかなり進み、もうどうしようもなくなってから初めて受診されるという例もあります。そういうとき、私たちは「出合いが遅い」と思います。

――医療や介護との「出合いが遅い」ということですね。

 そうです。多くは症状がかなり悪化しており、家族は医療や介護の専門家とのつながりがない。アドバイスやサポートを求める先もないため、精神的にも身体的にも疲弊しています。例えば、「毎日のように夜中に家を出て徘徊するので眠れない」「注意しても分かってもらえず気が休まらない」といった具合です。

 認知症の本人も、思いが伝わらないことなどから悪い感情が強まり、興奮して家族や周囲の人に暴力をふるうといった攻撃的な症状が出ることがあります。

――「出合いが遅い」と、何だか悪循環のようですね。どうなるのですか?

 住み慣れた家や地域での暮らしが難しくなってくる可能性があります。薬を調節したりケアの在り方を見直したり、症状をコントロールするための一時的な入院が必要な場合もあります。入院中に、介護保険サービスを使う準備など退院後の生活の環境整備に取り組んでいる病院もありますが、長期の入院になってしまう場合もあります。

 また、「出合いが遅い」ほど、家族間の関係がこじれてしまっていて、本人の状態が落ち着いても、家族が「もう帰ってきてもらっては困る」と受け入れを拒否することもあります。

 そもそも病院は「生活の場」ではないので、長期入院は症状をより悪化させてしまいます。そのうえ、本人から普通の暮らしを奪ってしまうことにもなるのです。入院ではありませんが、在宅生活が可能なのに長期に施設入所せざるを得なくなる場合もあります。

――住み慣れた自宅や地域で長く暮らしていくためには、早い段階で「医療や介護と出合う」ことが大事なのですね。そのために、軽度のうちに気づくポイントはありますか?

 「認知症の人と家族の会」(京都市)が、会員家族の経験から認知症の始まりではないかと見られる変化を「早期発見の目安」としてまとめています。これはとても分かりやすく、参考になります。インタビュー武地(3)表

 例えば、以前に比べ、ちょっとしたことで怒りっぽくなったとか、気遣いがなくなり頑固になったなどの変化が、初期のサインとなる場合があります。一方で、「あれ? お母さん、オシャレして出かけるのが好きだったのに、最近出かけなくなったなぁ」と、家族の負担になるわけではないけれど、意欲がなくなるというか、その人らしさが見られなくなるという変化が表れる場合もあります。

――家族が気づいても、本人が病院に行くのを嫌がるという声も聞きますが、どうしたらいいのでしょうか?

 どんな病気でも診察を受けに行くのは「怖いなぁ」という思いがあるので、とりあえず家族だけで医療機関を受診するのも一つの方法ですが、原則的には本人が受診することが必要です。

 まずは、市町村の窓口や、介護の相談窓口でもある「地域包括支援センター」に相談するのがいいと思います。地域の「認知症カフェ」の取り組みを紹介してもらうのもいいでしょう。カフェには医師や介護関係者らが参加していることも多いので、相談にのってもらえます。また、年配の方は家族の言うことは聞かなくても医者の言うことは聞いてくれる場合もあるので、かかりつけ医に話してもらうのも一考です。

 受診を拒否していても、本人は何かしら変化を感じて不安に思っていることが多いので、家族がちょっと工夫して「俺の物忘れが気になるので、おまえも一緒に行ってくれ」と付き添いを頼み、二人で受診するという方法もあります。

CTやMRIなどの画像検査は「誤診のもと」になることも

――受診すると、一般的に診察や治療はどのように行われるのですか?

 まずは、いつ頃からどんな症状があり、病歴などを聞いて、記憶力検査なども行います。そのうえでCT(コンピューター断層撮影)やMRI(磁気共鳴画像)などの画像検査をして、認知症以外の病気や、「正常圧水頭症」など手術等で治る認知症ではないかなどを確かめます。

 実は、「CT、MRIは誤診(誤解)のもと」と、医療現場では言われています。よく画像検査をして「特に脳の萎縮はありませんよ」と医師に言われると安心する方が多いのですが、普通のCTやMRIだけでは認知症の診断はできないんです。他の病気がないかを確認する補助的な意味がまず重要で、医者も気をつけないといけないのですが、かなり萎縮しているように見えても認知症じゃない場合もあれば、逆もある。このように誤診(誤解)のもとになりやすいので注意が必要です。

 全体の半分以上を占めるアルツハイマー型認知症の治療には、現在、4種類の薬があります。いずれも根本的に治すものではないですが、足りなくなった神経伝達物質を補うなどして、病気の進行を緩やかにする効果が期待できます。

――やはり、進行を止めるような根治薬の開発が期待されるように思いますが。

 そうですが、認知症が進行していくと、これまでの症状をやっと受け止められたのに、また新たな症状が出てきて受け止め切れないということがあります。薬で進行を緩やかにできれば、徐々に受け止めながら生活環境を整えていく助けとなります。

 その意味でも、早い段階で受診し、医療や介護、生活支援など様々なサポートを得ることが大切で、そうすることで、その後の暮らしがうまくいくことが多いです。

 ただ、課題もあります。「早期診断、早期絶望」という言葉を聞いたことがありますか?

――重要だと聞いてきた早期診断が、絶望になってしまうのですか?

 これは認知症の当事者の方が、現状では医師が「早期診断」だけを行い、生活支援や介護のサービスにきちんとつないでくれないことが多いことを指摘した言葉です。例えば、本人や家族が「あれ? おかしいな」と早い段階で受診しても、医師が「アルツハイマーですので、お薬を出しますね」と、診断と投薬だけで終わってしまう。すると、本人や家族には「これからどうしたらいいのか」と絶望感しか残らないですよね。

 大事なのは、認知症の診断自体ではなく、早い段階から、診断を機にどんな生活支援や介護が必要かを一緒に考え、適切なサービスを提供し、本人と家族が地域社会の中で暮らしやすいよう支えていくことです。

 そのためには、医療や介護の専門家、行政、地域の人々が連携して、「早期診断」が「希望」につながるような体制をつくっていくことが求められています。最終回となる次回は、そうした取り組みの一つとして「認知症カフェ」の活動をご紹介したいと思います。

【プロフィル】 武地 一(たけち・はじめ)
藤田保健衛生大学医学部認知症・高齢診療科教授

【略歴】1961年生まれ。京都大学医学部卒業。福井赤十字病院、京都大学大学院、大阪バイオサイエンス研究所、ドイツ・ザール大学生理学研究所などで臨床・研究を行い、1999年、京都大学医学部付属病院に物忘れ外来を開設。認知症を中心に高齢者医療、地域連携、介護者支援などに取り組んできた。日本認知症学会および日本老年医学会専門医。2016年4月より現職。2016年度日本認知症ケア学会・読売認知症ケア賞(奨励賞)受賞。近著に「認知症カフェハンドブック」がある。

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