回想の現場
回想サロン
思い出語りで「医者いらず」…北名古屋市ルポ(上)
回想法に意欲的に取り組んでいる自治体、団体、グループなどの活動の現場を記者が訪問し、詳しくリポートしていきます。
愛知県北名古屋市の古民家の一角で、笑い声が響きわたりました。「昔は舗装されていない道ばかりで、歩くと泥がはねて、お尻が真っ白になった」、「歩き方が良くなかったんだよ」――。4月中旬に「お話ひろば」では、集まった70~80歳代の男女6人が、それぞれの体験を話し、相づちを打っていました。
なつかしい思い出を語り合うことは脳を刺激し、認知症の予防になるとされ、「回想法」と呼ばれます。市は2002年から、全国に先駆けて回想法の実践に取り組み、市民同士の交流を推進しています。拠点となる「回想法センター」は、明治時代に建てられた古民家の敷地にあります。
03年に始まった「お話ひろば」は、市民の誰でも自由に参加できます。昔の生活用品を見たり触ったりするなどして、それぞれの実体験を想起してもらうのが狙いです。この日の題材は「履物」。進行役の職員が、げたなどを机に置くと、「後ろの歯だけすり減り、大変だった」、「昔のズックは底がゴムで重かった」などと話が広がりました。
ある女性は「高価な履物が嫁入り道具でした」と当時をなつかしみました。別の男性は、学校の教室で、上履きではなく、スリッパを履いていたら、先生に怒られ、「悔しくて猛勉強した」と話しました。
仲間の話を聞き、記憶がよみがえる
市内に住む主婦、泉かづさん(82)は10年ほど前、市の介護予防教室で回想法のことを知りました。今では毎週、自転車をこいで回想法センターに通っています。
「同じ時代を生きた仲間とは分かり合える。仲間の話から記憶がよみがえり、次の会話につながるのです」。泉さんは「同窓会に来たような気分」と話しています。
泉さんは、教室で知り合った仲間と月1回、センターとは別の場所にある公民館で、回想の集いを開いています。ボランティアとして保育園を訪れ、あやとりやお手玉の遊び方を園児に教えながら、一緒に楽しむこともあります。
健康への好影響を実感
参加者が話しやすい雰囲気をつくるため、回想法センターは、木造平屋建ての部屋に黒板、木の机・いすが置かれ、「昔の学校の教室」というたたずまいになっています。
市によると、これまでに600人を超える市民が介護予防教室に参加しました。
参加者184人を対象にした調査では、単語の記憶力や手の運動能力が高まる効果があったと報告されました。1人あたりの医療費が1年後に減ったという分析結果もあります。
回想の会話を楽しみに外出しているという泉さん。「おかげで体を動かし、健康でいられる。お医者さんにもほとんど世話にならずに済んでいる」と笑顔で話しています。
(米山粛彦)
北名古屋市の概要
2006年、師勝町と西春町が合併して誕生。濃尾平野の中心に位置し、古くから稲作などの農業が盛ん。1970年頃からは南に隣接する名古屋市のベッドタウンとして若い世代を中心に移り住む人も多く、人口は8万人を超している。
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