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精神科医・内田直樹の往診カルテ

医療・健康・介護のコラム

隠れたうつ病が、認知症を見誤らせる

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認知症と見分けがつきにくい「仮性認知症」

 診察中のAさんは、私が何も言わないとすぐに眠ってしまいます。ご家族の話から、新たにわかったことがありました。

 まず、1年ほど前に仲の良かった長男の嫁の母が亡くなって、気分が落ち込んで物忘れが悪化したこと。さらに、5月に骨折で入院した際、「自分はがんで治らない」と思い込み、「もう死ぬ」などと口にしていたことでした。

 親しい人との死別がうつ病の引き金になることは珍しくありません。自分が何かの病気だと思い込む「心気(しんき)妄想」も、気分の落ち込みや食事量の低下と同じように、うつ病によく見られます。

 うつ病が原因で考える力が低下すると、記憶力や集中力も落ちます。特に高齢者では、気分の落ち込みよりも体への影響が強く、認知症との見分けが難しくなります。こうした状態を「仮性認知症」と呼びます。

抗うつ薬治療で、「看取り」を回避

 そこで、貼り薬を中止し、抗うつ薬による治療を始めました。皮膚や口の中が乾いていて軽い脱水状態があったため、腕からの点滴で水分も補いました。しかし、これだけではエネルギーが補給できません。胃ろうを作るか、特殊な機材による点滴で栄養補給をする必要性を説明しましたが、ご本人からもご家族からも同意を得られず、注意しながら抗うつ薬の効果を待つしかありませんでした。

 幸い、抗うつ薬の効果が出てきました。

 食事ができるようになり、食べる量も増え、起きている時間も長くなりました。始めて3週間後には点滴も不要になりました。

 しかし、今度は、元気の出すぎです。一日に何度も食べたがり、これをたしなめられると腹を立てます。夜に眠らなかったり、頻尿も起こしたりするようになったため、ご家族の負担を考慮して抗うつ薬を中止しました。その結果、不眠は少し減りました。最近は、一時的に施設に入所して(ショートステイ)介護サービスを受けながら、基本的に自宅で生活を続けています。私も訪問診療にうかがい続けています。

 認知症とうつ病は密接な関係にあります。若い頃のうつ病が、将来の認知症発症の危険因子になりえますし、認知症の初期症状として、うつ病が見られたりします。

 Aさんの場合は、すでに認知症があったところにうつ病が重なったことで、症状が急激に進行したようでした。

 もし、Aさんにうつ病の治療をせずにいたら、どうなっていたでしょうか。急激な体力の低下と栄養不足で、なし崩し的に「お看(み)取り」の段階に入っていってもおかしくなかったと思います。認知症の陰に隠れたうつ病を見逃さない重要性を、改めて感じたケースとなりました。(内田直樹 精神科医)

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内田直樹(うちだ・なおき)

医療法人すずらん会たろうクリニック(福岡県福岡市東区)院長、精神科医、医学博士。1978年長崎県南島原市生まれ。2003年琉球大学医学部医学科卒業。福岡大学病院、福岡県立太宰府病院を経て、10年より福岡大医学部精神医学教室講師。福岡大病院で医局長、外来医長を務めた後、15年より現職。日本精神神経学会専門医・指導医、日本老年精神医学会専門医、NPO法人日本若手精神科医の会元理事長。在宅医療の普及を目指して「在宅医療ナビ」のサイト運営も行っている。編著に「認知症の人に寄り添う在宅医療」(クリエイツかもがわ)。

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