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老いをどこで 第1部

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[老いをどこで]家での最期(下)自宅で旅立ち 幸せだったか

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 1か月半の入院中、「家に帰りたい」と訴えた東京都西東京市の鎌田みゆきさん(仮名)(80)は2月中旬、自宅に戻り、穏やかな生活を始めた。そして退院から2週間後、ひっそりと旅立った。

ケアマネら 問い続け

[老いをどこで]家での最期(下)自宅で旅立ち 幸せだったか

自宅のベッドに横たわるみゆきさんに話しかけるケアマネジャーの菅野さん(2月19日、東京都西東京市で)

 3月5日朝。みゆきさん宅を訪れた介護士がベッドをのぞき込むと、みゆきさんの呼吸は止まっていた。体も冷たくなっていた。

 救急車は呼ばず、主治医の檜垣学医師(40)らに連絡。約1時間後、駆けつけた檜垣医師がみゆきさんの死亡を確認した。死因は老衰だった。

 看護師らは、生前、みゆきさんの自慢だった長い髪を丁寧にとかして結び、大好きだったピンク色の口紅をさした。

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 みゆきさんが自宅で過ごした日数はわずかだった。

 地域には、訪問診療を積極的に行う医師は限られている。どこも患者が集中し、檜垣医師がみゆきさんを受け持てるようになるまで、2週間待たなければならなかったためだ。

 しかし、ようやく自宅に戻ったみゆきさんの表情は、入院中とは一転して穏やかだった。きちんと食事を取り、介護士が手渡す薬も素直に飲んだ。ケアマネジャーの菅野孝治さん(47)らは「自宅に帰してよかった」と 安堵あんど した。

 腰を骨折してほとんど動けないため、1日4回、介護士が訪れて身の回りの世話をした。近所に住む友人の島田和子さん(70)も度々顔を出した。菅野さんも毎日、様子を見に訪れた。みゆきさんは介護士らに飼っていた犬や猫の話をして笑顔を見せ、島田さんには「梅干しが食べたい」と甘えた。少し食欲も出た。

 しかし、まもなく体調は悪化。訪れる人に「調子が悪いよ」と訴え、雑談にも応じなくなった。一人きりになる時間の多さに、近くに住む姉(86)は、「病院や施設に居てくれた方が安心だけど、妹の望みじゃないから」と話した。訪問看護師や檜垣医師は、みゆきさんの衰弱ぶりに最期が近いと感じていた。

 自宅に戻れたみゆきさんは、最期まで幸せだったのだろうか。残された人は今も問い続けている。

 友人の島田さんは「この近所で、病院から自宅に戻って亡くなった人は初めてだった。どんなことをしてあげたらいいか、十分な知識がなかった。もっと何かできたのでは」と振り返る。ケアマネの菅野さんは「それぞれの立場で悩みながら支えることができた。でも、今でも他に方法があったのでは、と思う時があります」と語る。

 最期を迎えようとするお年寄りの治療方針や療養生活についての判断は、医療関係者にとっても難しく、悩むという。檜垣医師は、「胃ろうを作って栄養を取り、治療を続ければ延命はできたかもしれないが、みゆきさんはつらい思いをしただろう。自宅で友人らに囲まれ穏やかに過ごせた。希望に沿った最期だったと思う」と話した。

  [記者考]私たちの意識の変化を

 国は在宅医療の充実に力を入れているが、急速な高齢化に直面している現場には、高齢者が自宅で亡くなることへの戸惑いがあることが取材で分かった。

 退院を望むみゆきさんに対して、看護師でさえ「これほど状態の悪い人を自宅には帰せない」「病院や施設にいた方が安全ではないか」と主張したという。「自分が訪問した時に亡くなっていたら、と思うと怖い」と介護士や友人も不安を漏らしていた。

 多くの人が「最期は家で」と希望しても、7割以上が病院で亡くなっている。「家に帰らない」背景には、在宅医療の担い手不足の問題だけでなく、周囲の心配など、様々な理由があるのだと感じた。希望をかなえるには、地域で亡くなることを当たり前と受け止められるように、私たちの意識を変える必要もあると思った。

 (大広悠子)

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