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老いをどこで 第1部

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[老いをどこで]家での最期(上)80歳の「ただいま」地域で支える

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 老いをどこで迎え、どう過ごすかは、超高齢社会に生きる私たちが抱える大きな課題だ。幸せに暮らし続けるには医療や介護、安心できる住まい、地域の支えが欠かせない。地域包括ケアシステムと呼ぶこの仕組みを作るには、どんな課題があるのか。年間連載「老いをどこで」の初回は、お年寄りの希望に向き合い、悩んだ人たちの姿から考える。

医師・介護士ら協力

[老いをどこで]家での最期(上)80歳の「ただいま」地域で支える

退院の日、みゆきさんの自宅には、ケアマネジャーや地域の友人、訪問介護や看護、診療を担う医師ら11人が集まりケアの方針を確認し合った(2月19日、東京都西東京市で)

 「ただいま。やっと帰ってきたよ」

 2月19日、東京都西東京市の鎌田みゆきさん(仮名)(80)は、市内の病院から1か月半ぶりに戻った自宅の玄関で、誰もいない室内に向かってうれしそうにつぶやいた。付き添ったケアマネジャーの菅野孝治さん(47)はほっとしてほほ笑んだ。

 みゆきさんの体調は思わしくなかった。入院中、ほとんど食事は取らず体重は激減。心臓も弱って酸素吸入が欠かせなくなった。一人暮らしの自宅で酸素のチューブが外れれば、命を落とす危険もある。それでも自宅を選び、菅野さんらが、その思いを支えた。

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 みゆきさんは10年ほど前に夫を亡くした。子どもはなく、近所の友人と互いの家を訪ね合い、夕食を共にすることもあった。

 ところが昨年秋から急に食欲が落ち、介護により手がかかるようになった。1月上旬、室内で転倒して動けずにいるところを介護士が見つけ、腰椎骨折で入院。この時の検査で心臓の機能低下もわかった。

 しかし、みゆきさんは素直に治療を受けなかった。

 点滴や酸素チューブを無理やり外して「家に帰らせて」と懇願し、病院から抜けだそうと、何度もベッドから転落した。懸命に治療したが、体力は落ちる一方。担当の竹内俊二医師(70)は「これ以上の入院は本人の願いと異なり、ためにならない。なんとか家に帰せないだろうか」と考えるようになった。

 みゆきさんを自宅に帰せるのか。ケアマネの菅野さんも悩み、介護施設への入所も考えた。しかし、近くに住むみゆきさんの姉(86)が「妹の望みをかなえてほしい」と頭を下げ、友人も「できる限り見守る」と申し出た。

 病院と地域の医師、訪問看護師、介護士、友人も加えて話し合いを重ねた結果、意思を尊重してみゆきさんを自宅に帰すことを決めた。互いに病状について連絡を取り合い、数時間おきに誰かが様子を見に行ける体制も考えた。

 自宅に戻った日の夕方、みゆきさんのベッドの周りに、医師や看護師、介護士、友人ら11人が集まった。

 菅野さんはみゆきさんに語りかけた。「僕たちが、みゆきさんを支えるチームです。一生懸命やりますから、しっかり療養してください」。みゆきさんは「ありがとう。よろしく」と笑顔を見せた。

 地域の医療、介護、住民の協力で、みゆきさんの療養生活はスタートした。

  <地域包括ケアシステム>  高齢者が希望する場所で暮らし続けられるように、医療や介護の専門職だけでなく、行政や地域住民、企業、ボランティアなども加わり、地域の特性に応じて支えていく仕組み。2011年に改正された介護保険法にこの考え方が盛り込まれた。しかし、高齢者が安心して過ごせる住まいや在宅医療、介護、生活支援の体制作りは道半ばだ。

  [記者考]悩み、話し合い 「退院」の結論に

 「家に帰したいと思ったけど、僕一人で決めるのは怖かった」。みゆきさんの退院を打診された時の葛藤を、ケアマネジャーの菅野さんは振り返る。

 思い悩んだ菅野さんは1月下旬、西東京市の在宅療養連携支援センター「にしのわ」に相談した。センターは地域包括ケアの要といえる医療と介護の連携を支える拠点。地域の医療・介護サービスを把握し、ケアマネなどからの相談も受ける。

 高岡里佳センター長は「支援に正解はなく、迷うのは当然。ケアマネ一人が責任を抱えてはいけない。病院や地域医療、介護関係者、家族らと話し合って結論を出して」とアドバイス。その結果、みゆきさんの自宅への退院につながった。

 75歳以上の一人暮らしは2015年の337万世帯から40年には512万世帯にまで増える。その人にとって最良の暮らしは何か、多くの関係者が集まり、探る場が大切なのだと感じた。

 この連載では毎回、担当記者が現場で感じた思いを記します。

 (大広悠子)

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