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医療・健康・介護のコラム

[テレビ番組MC 大橋グレース愛喜恵さん](上)24時間介護受けながらテレビ出演に講演に 難病女子の自由な大阪一人暮らし

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[テレビ番組MC 大橋グレース愛喜恵さん](上)24時間介護受けながらテレビ出演に講演に 難病女子の自由な大阪一人暮らし

 NHKEテレのバラエティー番組「バリバラ」にレギュラー出演し、笑顔を振りまく大橋さん。10代で柔道の米国代表候補になり、北京オリンピックに向けて準備をしていた最中、難病の多発性硬化症を発症しました。今は視力を失い、腕より下が動きませんが、ヘルパーの手を借りながら、大阪でたくましく一人暮らしをしています。(聞き手・梅崎正直、撮影・横山就平)

呼吸器、胃ろうが必要 でもヘルパーと東京出張も

――大阪での一人暮らしは8年目。どんな毎日ですか。

 今は人工呼吸器と(胃に直接、栄養を注ぐ)胃ろうの処置をしながら、ヘルパーの24時間介護を受けて暮らしています。勤務先はNPO法人自立生活夢(む)宙(ちゅう)センターで、障害のある人たちが地域で暮らせるよう、相談を受けたり、行政と交渉したりするのが仕事です。みんなと変わりなく午前10時に仕事を始めて、1時間休憩して、午後の仕事をしています。最近は在宅ワークをすることが多いですね。

 それ以外に、講演に出かけることも多くて、東京へもよく出かけます。宿泊するときは、ヘルパーも疲れるので、2人で交代してもらいます。NHK「バリバラ」の収録は月1回ですが、番組のホームページで「グレースの難病女子日記」というコーナーを担当していて、それを更新するのも仕事です。

五輪代表候補から一転 「右目が見えない」

――発症したのは10代の頃ですね。

 生まれ育った福島から栃木へ引っ越したのが15歳のとき。そこで高校に進んで、柔道を始めました。実績を積んで、母親の母国であるアメリカの大学に進学。北京オリンピックの米国代表に内定しました。ところが、大会に向けて練習していたとき、突然、右目が見えなくなったんです。利き手の左手にも力が入らなくなって、日本へ帰って検査を受けました。

 その結果は、難病の多発性硬化症。徐々に体が動かなくなる病気で、およそ2年間の入院生活を送りました。

――夢の実現を目の前に、一転して闘病生活へ。どのような心境でしたか。

 柔道については、実はあまりショックではなかったんです。まだ手も動いていたので、「やろうと思えば、またやれる」と、どこかで信じていた気がします。それよりもストレスだったのは、なかなか退院できなかったこと。介助してくれる人や、介護事業所などが確保できないから、というのですが、「何で病院から出られないの?」と不満に思っていました。

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