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僕、認知症です~丹野智文44歳のノート

 39歳で若年性アルツハイマー型認知症と診断された丹野智文さんが、自分自身の生き方や周りの人々、医療、社会などに対する思いを語ります。

2018年2月13日以前の記事はこちら

コラム

「昨夜、何を食べたか」より「今晩、何を食べたいか」を考えよう

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「昨夜、何を食べたか」より「今晩、何を食べたいか」を考えよう

おいしいものを食べるのは、人生の大きな楽しみ。それは、認知症になっても変わりません

夕食が肉料理の日は「いいね!」 

 私は、認知症になってから、周りの人に同じことを繰り返し尋ねるようになりました。自分の質問も相手の回答もすっかり忘れてしまっているためで、私には全く自覚がないのですが、家族の話だと、特によく聞く事柄がいくつかあるようです。

 そのうちの一つが、夕食のメニューです。私は会社から帰ると、「今日のご飯は何?」と、言うらしいのです。そして、メインディッシュが肉だと聞くと、決まって「いいね!」と答えるのです。ところが魚だと、「ふーん」と言うだけ……と、妻が笑いながら教えてくれました。

 そんな我が家でも、毎日のように食卓に魚料理が並んだ時期がありました。私が認知症という診断を受けて間もない頃のことです。青魚が認知機能によいと知った妻が、私のために作ってくれたのです。

 妻の気持ちに感謝して、しばらく食べ続けたのですが、自分では特に変化を感じることはありませんでした。ある日、「肉が食べたいな。魚を食べても何も変わりはないよ」と、自分の思いを正直に伝えたところ、魚が出てくる頻度が元のペースに戻っていきました。

 妻の目にも、効果は実感できなかったようです。私が肉をおいしそうに食べるのを見て、「好きなものを食べさせてあげたい」と思ってくれたのではないでしょうか。

「本人のために」がつらい時もある

 認知症の人がいる家庭では、当時の我が家と同じようなことがよくあるようです。ある食べ物が「認知症にいい」と聞くと、家族も「食べさせてあげなくては」と思うのでしょう。

 もちろん、本人のためを思ってのことです。しかし、その食べ物が好物だったらいいのですが、そうでないものを毎日たくさん食べるのは、なかなかつらいのでは……と心配になります。

 こうしたことは、食べ物に限りません。私たちが毎月、仙台市内で開いている相談窓口「おれんじドア」にやってきた当事者の中には、脳のトレーニングとして、計算ドリルをやったり、前の日の食事や行動を思い出してノートに書き出したりしている人もいました。

 中には、計算が楽しいという人もいるでしょうが、そうでなければ、延々とドリルをやるのは苦痛ではないでしょうか。また、私を含む多くの当事者にとって、忘れてしまったことを思い出そうとするのは、すごく頭が疲れることなのです。そのうえ、頑張っても思い出せなければ、「どうして覚えていられないんだろう」と落ち込んでしまいます。

脳トレを無理に続けても…

 当事者は、苦痛を感じていても、なかなか家族に本心を言うことができません。「自分が病気になったことで、家族に迷惑をかけている。だから、つらくても頑張って、少しでもよくならなくては」という思いがあるからです。

 私は医師や研究者ではないので、脳トレにどれくらいの効果があるのかを言うことはできません。ただ、自分がこれまでに見聞きした限りでは、楽しいと思えないことを無理に続けても、気持ちが落ち込んでしまったり、いらいらしたりして、かえっていろいろなことがうまくできなくなる場合があるとも感じています。

「楽しいと思うこと」が一番のリハビリ

 スポーツであれ芸術であれ、本人の好きなことをやれば、自然と笑顔になり、生き生きとします。その活動を通じて仲間ができて、外に出かけるようにもなります。それが何よりのリハビリになるのではないでしょうか。

 本人が楽しければ、近くにいる家族も楽しくなります。さらに周りの人へと笑顔が広がっていって、結果的にみんなが楽しくなるのです。

 「昨夜、何を食べたか」を思い出せなくても、実際に困ることは何もありません。そんなトレーニングに時間を使うよりも、「今晩、何を食べたいか」を考えてわくわくした方が、本人も家族も気持ちが楽になり、日々の暮らしがぐっと豊かになるんじゃないかと私は思うのです。(丹野智文 おれんじドア実行委員会代表)

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丹野智文(たんの・ともふみ)

 おれんじドア実行委員会代表

 1974年、宮城県生まれ。東北学院大学(仙台市)を卒業後、県内のトヨタ系列の自動車販売会社に就職。トップセールスマンとして活躍していた2013年、39歳で若年性アルツハイマー型認知症と診断を受ける。同年、「認知症の人と家族の会宮城県支部」の「若年認知症のつどい『翼』」に参加。14年には、全国の認知症の仲間とともに、国内初の当事者団体「日本認知症ワーキンググループ」を設立した。15年から、認知症の人が、不安を持つ当事者の相談を受ける「おれんじドア」を仙台市内で毎月、開いている。著書に、「丹野智文 笑顔で生きる -認知症とともに-」(文芸春秋)。

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