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介護・シニア
生活困窮者に家計相談
自立支援の制度、拡充へ
生活保護を受給する手前の段階から困窮者を支える「生活困窮者自立支援制度」の見直し法案が、国会に提出されている。柱の一つが、家計の改善を支援する事業の拡充だ。どんな事業で、どんな意義があるのか。現場を取材した。
「お金の心配を一緒に考えてくれて、随分気が楽になりました」。昨年4月から、北九州市の家計相談を利用し始めた同市の女性(71)は、笑顔を見せる。
女性は、1人で暮らす公営住宅の家賃4か月分計約10万円を滞納。市の住宅担当課を通じて、同市の困窮者支援事業を受託している「グリーンコープ生協ふくおか」の北九州相談室の支援員を紹介された。
女性の収入は、年金など月10万円程度で、貯金もほとんどない状態。だが、過去に付き合っていた男性の生活費などのために借りたお金の返済が月約4万円もあり、「生活はぎりぎりの状態だった」。
同相談室の支援員の伊藤博子さんは女性と相談しながら、まず、月のお金の動きを書き込む「家計表」を作成した。次に、介護の仕事を増やすなどして滞納を半年で解消する計画もつくり、女性と一緒に内容を市の担当者らに説明。女性が家に住み続けられるよう説得した。
病気など思わぬ出費が重なり、返済は計画より遅れているが、今春には滞納を解消できる見通し。女性は「お金のやりくりはきちんとしたい」と話す。
相談者に家族がいる場合、子どもの進学時期などを踏まえて、年間の支出を表す「キャッシュフロー表」を作成し、家族全体の支援も行う。伊藤さんは「信頼関係をつくりながら不安をやわらげていくことが大切」と語る。
家計相談は、2015年に創設された生活困窮者自立支援制度のメニューの一つだ。収入があっても、お金の管理が苦手な人や多重債務を抱える人も目立つことが背景にある。専門性のある相談員が、家計の現状を聞き取って相談者の抱える課題を把握し、今後の見通しを立てることで自立につなげるイメージだ。
ただ、支援体制は、地域によってばらつきがある。相談窓口を設置している自治体が実施するかどうかを決められる「任意事業」で、実施している自治体は363自治体と40%にとどまる(2017年度見込み)。町村などの小規模な自治体では、事業の担い手や人材確保の課題もある。
今回の見直しでは、事業の実施が努力義務に格上げされた。就労に向けた支援と組み合わせた場合の事業費の補助率も引き上げ、相談員の研修も充実させる。これとは別に、生活保護受給者への家計相談も強化されるという。
困窮者支援に詳しい明治学院大学の 新保 美香教授(社会福祉学)は「お金の困り事を入り口として相談者に寄り添い、自立に向けた意欲を引き出せるかどうか。専門性を備えた人材の育成が大きなカギを握るだろう」としている。
就労準備支援にも重点
今回の見直しを巡り、厚生労働省は、家計相談以外の支援メニューも拡充する方針だ。
自治体に努力義務が課されたのが、就労準備支援事業だ。この事業は、長期の離職者やひきこもりの人など、すぐに就労することが難しい人に対し、コミュニケーション力の向上や生活習慣の改善、職場体験などを提供するというもの。
実施しているのは44%の400自治体(2017年度見込み)だが、厚生労働省は今後3年かけて、全ての自治体での実施を目指す。
また、住まいに困っている人に対し、一時的な宿泊所や食事を提供する居住支援も拡充する。訪問による見守りや日常生活の支援を追加。地域で孤立しないよう取り組みを強める考えだ。
一方、小学生がいる困窮世帯への巡回を強化するなど、子どもの貧困対策を拡充する意向だ。
<生活困窮者自立支援制度> 2015年4月に施行された生活困窮者自立支援法に基づいて創設された仕組み。生活保護受給者の増加を踏まえた対策で、受給にいたる手前の困窮者の自立を後押しすることが目的。福祉事務所を持つ自治体(市や特別区、都道府県)は、総合相談窓口を設置する義務がある。個々の状況に応じた支援プランを作成する。就労、一時的な衣食住の提供、家計相談といった支援が求められている。
(粂文野)
(2018年3月25日 読売新聞朝刊掲載)
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