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僕、認知症です~丹野智文44歳のノート

コラム

行ってきました! 全日本認知症ソフトボール大会

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行ってきました! 認知症ソフトボール大会

三振した後の打席で、名誉挽回のヒットを放ちました

各地の仲間が集まり富士山麓で熱戦

 3月25日、静岡県富士宮市で全日本認知症ソフトボール大会(通称:Dシリーズ)が開かれ、私も出場しました。北は私の住む仙台から南は広島まで、各地の認知症の当事者や家族、医療・介護・福祉関係者などが富士山の麓の球場に集まりました。

 今回は、地域ごとに4チームに分かれて戦いました。仙台からはもう一人、私と同じ44歳の認知症当事者の鈴木理さんが出場し、名古屋や富士宮などの参加者と一緒にチームを結成しました。奈良や新潟などのチームと対戦し、私は5番打者で三塁を守りました。

 両チームとも無得点で迎えた三回表、二死満塁で私に打順が回ってきました。客席の声援を受けて打席に立ちましたが、結果はなんと空振り三振。次の打席でヒットを打ったものの得点にはつながらず、結局0対5で負けてしまいました。

 試合には敗れましたが、全国の当事者や関係者に会えて、本当に楽しい時間を過ごしました。天候にも恵まれて、球場から見える富士山の美しかったこと! 仙台で暮らしているとなかなか見られるものではないので、感動しました。

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神奈川県から参加した認知症当事者の中村成信さん(左)と。今年もたくさんの仲間と再会を喜び合いました

三振しても間違えても大丈夫

 私は、中学から大学まで弓道部で、若い頃からボディーボードやスキーなどもよくやりましたが、球技にはあまり縁がありませんでした。この大会が2014年に初めて開かれた時にも誘われたのですが、バットを握るのは、高校の体育の授業以来です。他の当事者よりずっと若い私が、空振り三振したら格好悪いと思い、この時は断ってしまったのです。

 ところが開催当日のニュースを見たら、みんなそれほど上手なわけではなさそうなのです。それで気が楽になって、次の年に初めて出場しました。

 認知症ではない人も試合に出られますが、ポジションは捕手などに限られています。また、チーム内に7人以上の当事者がいなくてはいけません。その他にも、大会独自のルールを作り、認知症の人とそうでない人が、一緒に楽しめるように工夫しているのです。

 試合は、小さなハプニングの連続です。中には、打った後に三塁に向かって走ってしまう人もいます。そういう時も、周りの人が一塁を指さしながら「こっちこっち」と、声をかけて助けます。

 参加者がみんな「間違い」を恐れず、当たり前のこととして受け入れるので、当事者ものびのびとプレーができます。ファインプレーが出れば、対戦チームの応援席も一緒になって盛り上がります。

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鈴木理さん(右)が、特別賞のトロフィーを受け取るところです。私も自分のことのようにうれしかった!

楽しい思い出伝え 参加者を増やしたい

 夢中でボールを打ち、追いかけていると、病気や障害の有無なんて関係なくなります。認知症の人とそうでない人が仲間になって、共に楽しむこの感じ。これこそが、私の望む認知症の当事者と周囲の人たちの関係なのです。

 いいことが一杯あった大会でしたが、私が何よりもうれしかったのは、仙台から一緒に参加した鈴木さんの笑顔をたくさん見られたことです。鈴木さんは、試合でもヒットを飛ばして活躍し、特別賞に選ばれました。

 この日のことを、仙台の他の仲間にも伝えたいです。私たちが楽しそうに話すのを聞いたら、来年はもっと参加者が増えるんじゃないかと期待しています。(丹野智文 おれんじドア実行委員会代表)

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丹野智文(たんの・ともふみ)

 おれんじドア実行委員会代表

 1974年、宮城県生まれ。東北学院大学(仙台市)を卒業後、県内のトヨタ系列の自動車販売会社に就職。トップセールスマンとして活躍していた2013年、39歳で若年性アルツハイマー型認知症と診断を受ける。同年、「認知症の人と家族の会宮城県支部」の「若年認知症のつどい『翼』」に参加。14年には、全国の認知症の仲間とともに、国内初の当事者団体「日本認知症ワーキンググループ」(現・一般社団法人「日本認知症本人ワーキンググループ」)を設立した。15年から、認知症の人が、不安を持つ当事者の相談を受ける「おれんじドア」を仙台市内で毎月、開いている。著書に、「丹野智文 笑顔で生きる -認知症とともに-」(文芸春秋)。

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