精神科医・内田直樹の往診カルテ
医療・健康・介護のコラム
認知症の人の一人暮らしを支える

家族の形はさまざまです。家族の一員が認知症になった時に、だれもが支援できるわけではありません。だからといって、もう施設を選ぶしかない、とあきらめる必要はありません。症状を見極め、しっかりとした支援態勢を作れれば、認知症の人でも、一人暮らしができるのです。
知的障害のある息子と生きて来た母に異変が
Aさん(90)は、夫が早くに亡くなったため、68歳まで不動産会社の経理として働きました。女手一つで育てた一人息子には軽度の知的障害があり、特別支援学校卒業後は就労継続支援A型事業所に通所していました。
Aさんは、5年ほど前から同じものをいくつも買い込み、同じ話を繰り返すようになりました。4年前の夏には失踪してその3日後に隣県の親戚宅に現れ、「息子が入水したけど助かった」などと言いました。
「亡くなった親戚が大勢来ている」「天井から一千万、二千万と声が聞こえる」と言うため、精神科病院に緊急入院しましたが、服薬で幻覚や妄想が軽快して退院。しかし、体を動かしにくく、よだれが止まらないなどの症状が出たため、息子が評判を聞きつけた精神科クリニックを訪ねたところ、「レビー小体型認知症」と診断されました。
レビー小体型認知症は、脳血管型認知症と並んで、アルツハイマー型認知症に次いで多い認知症です。もの忘れなどの認知機能障害の程度が、同じ日でも変動し、表情がこわばる、歩き方が小刻みになるなど、パーキンソン病のような症状が出ます。現実めいた幻視も多く見ます。
幻覚や妄想に用いられる薬でパーキンソン病様の症状がひどくなることがあります。Aさんも、薬を中止するとよくなりました。
骨折で歩行が困難になり、施設を選択したが…
しばらくはヘルパーの支援やデイサービスを利用して息子との生活が続きましたが、1年前に買い物の途中で転倒して大たい骨を骨折。手術とリハビリで自力歩行はできるようになりましたが、入院中に幻覚などがあり、認知症が悪化したと評価されました。
Aさんは、施設に入居することになりました。知的障害を抱える息子さんが、自分では母親を介護しながらの生活はできないと言ったからです。施設に入居したAさんの訪問診療を、私が担当することになりました。
初診時のAさんは、「どこも悪いとこはないよ」と穏やかでした。施設についても「どこでもすぐ慣れるから大丈夫」と言っていました。
幻覚や妄想にも、目立ったものはありません。詳しく聞くと、妄想や幻覚に伴う興奮がみられたのは手術後の短い期間だけで、手術によるせん妄状態が重なっていたと判断しました。
しかし、定期的な診察の過程で、少しずつ施設への不満が出てきました。夕食が16時半で消灯が20時と早い。仲良くなった他の入居者と部屋でおしゃべりさせてもらえない。食事が冷めていておいしくない。お茶が出がらしで我慢がならない。
ずいぶんと不満がたまり、「ここにいてもすることがないし、窮屈。施設を出たい」と訴えるようになりました。怒りっぽくなるにつれ、施設の職員とささいなことで衝突するようにもなりました。
Aさんのような状態を、簡単に怒る「易怒性」とし、「帰宅要求に伴う不穏」な様子とみなして、静かにさせる薬物療法が行われることがあります。しかし、Aさんの主張にも一理ありました。息子さんが同居に不安を訴えていたところ、Aさんが「それなら一人暮らしをしたい」と言い出しました。
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