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コラム

[プロレスラー 藤波辰爾さん](下)頑丈な体は妻のおかげ 70歳まで現役で 息子LEONAと戦いたい

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重かった社長業のストレス 胆石の発作で即入院

[プロレスラー 藤波辰爾さん](下)頑丈な体は妻のおかげ 70歳まで現役で 息子LEONAと戦いたい

――プロレスラーとしてのけが以外に、病気を患った経験はあります?

 僕は大分県の国東半島の生まれで、小さい頃は海や山で思う存分遊び、病気といったら小学生になるかならないかの頃にジフテリアになったくらいで、ずっと健康に暮らしてきました。

 ところが、50歳を過ぎてから胆石だとわかりましてね。年齢も年齢ですし、それまでの肉体的なけがと違って、かなり神経質にはなりました。

 とにかく、夜中に限って、腹部にすごい激痛が走るのです。最初は食あたりかなと思っていたのですが、何度か続くので、病院で診てもらったところ、「胆石の兆候がある」と言われました。ただ、「すぐに手術するほどではない」と医師が言うので、そのまま痛み止めの注射を打ってもらったりして、やりすごしていたのですが、10年ぐらいたったある時、いつも以上の激痛が走り、病院では「これはもう手術しかない」。10日間ほど入院しました。

――痛みに襲われていたのは、ちょうど藤波さんが新日本プロレスの社長を務めていた時期と重なりますね。

 やはり、社長業のストレスが積み重なっていたのかもしれません。社長時代は、橋本(真也)と小川(直也)との遺恨試合などがあって、心労が重なりました。社内の人間関係も複雑で針のむしろ。それまで年に数度だった発作が、頻繁に起こるようになりましたからね。

今も励むトレーニング 「恥ずかしい体は見せられない」

――その後、2006年に34年間所属した新日本プロレスを退団し、自ら団体を旗揚げされます。64歳となった今も、自身が主宰する「ドラディション」の興行を中心に、リングに上がり続けています。体を保つ秘けつは?

 やはり、試合に備えて定期的にトレーニングをしていることでしょうかね。若手ではないので、毎日何時間ということはしませんが、週に3、4回はジムに出かけて、最低でも3時間は汗を流しています。元々腰が悪いので、走ることはせず、バイクとかウォーキングとか有酸素運動が中心です。

 あとは筋肉トレーニング。お客様の前で裸になるので、恥ずかしい体は見せられません。体つきには気を使っています。

 食事については、僕が健康のために率先しているというより、家内が健康に配慮した、有機栽培の野菜などを多く使ったバランスのよい食事を作ってくれます。昔から、藤波家は「食事は家族全員で」というのがモットーで、よほどのことがない限り、私たち夫婦と子どもとで食事をします。

 夜だと、2時間くらいかけて、ゆっくり料理の味と会話を楽しみながら。ストレス解消にもいいですね。

ヘビー級転身 成功したのは妻のおかげ

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――ジュニアヘビー級からヘビー級に転身する際、ウエートを増やすのに、妻・伽織さんの存在が欠かせなかったと聞きます。

 なかなか体重が増えない体質だったのです。ちょうど結婚したのが、ヘビー級への転身を決意した直後で、家内がいろいろ栄養面を配慮してくれて、体重が徐々に増えるようになりました。

 あとは歯ですね。試合で力を入れる時に歯をくいしばるので、当時、歯がぼろぼろでした。それではちゃんと食事が取れないと、伽織が治療を勧めてくれました。今の僕の頑丈な体があるのは、妻の伽織のおかげで、一生頭が上がりません。

――レスラーである長男LEONAさんの存在も刺激になっているようですね。

 そう、僕のデビュー40周年の記念大会(2012年4月20日、東京・後楽園ホール)のリングに突然、上がってきて、「プロレスラーになりたい」と直訴したのですよ。あれにはびっくりさせられましたね。ただ、あの時、僕は、40周年の区切りということで、「どこかでけじめをつけないといけないな」と、おぼろげながら引退も考えていました。あのLEONAの一言で、「まだまだ頑張らなくては」とまた気持ちが湧き立ちましたね。

――となると、引退はまだまだ先?

 レスラー一人一人に、思いがあると思うのです。引退について。

 かつて(ジャイアント)馬場さんが還暦のリングに上がるのを見て、「あの年になってもリングに上がりたいんだぁ」と思ったのですが、いざ自分が60歳を過ぎてみると「1日でも長くリングに立っていたい」と考えるのです。ただ、リングに上がるだけでなくて、動き回りたい。

 僕の今の目標は、70歳までリングに上がり続けることです。そして、万全の体調で、LEONAと戦いたい。

 プロレスの殿堂、米ニューヨークのマジソン・スクエア・ガーデンでWWWFジュニアヘビー級タイトルを獲得し、日本に 凱旋(がいせん) 帰国してから、この2月でちょうど40年になりました。その間、僕がずっと胸に抱いてきた座右の銘は、「I NEVER GIVE UP!」です。この気持ちを忘れずに、これからもリングに上がり続けたいと思っています。

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ふじなみ・たつみ
 1953年、大分県生まれ。70年、16歳で日本プロレスに入門。71年5月、デビュー。72年3月、新日本プロレス旗揚げに加わる。74年12月、第1回カール・ゴッチ杯で優勝。75年6月、海外遠征へ。カール・ゴッチ氏のもとで修業を積む。78年1月にWWWFジュニアヘビー級王座を獲得。同年2月に帰国、空前のドラゴンブームを巻き起こす。81年10月、ヘビー級転向後は、数度にわたりIWGPヘビー級王座、タッグ王座についた。2006年6月、新日本プロレス退団。現在は、プロレス団体「ドラディション」主宰。15年3月に米国WWEの殿堂入り。ドラディションの大会「BACK TO THE NEW YORK TOUR」は、4月20日午後7時から東京・後楽園ホール、同21日午後4時から大阪南港 ATCホール・Cホールで開催。

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