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書籍紹介

もっと知りたい認知症

医師と患者はわかり合えないのか? …「ディア・ペイシェント」

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限られた時間の中で患者と向き合う…イギリスでの経験

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――医師と患者との関係は、都市部と地方でも違うのではないですか。千晶は川崎市の病院にいますが、父親は山梨県で開業しています。父親は、地元の人とふだんから交流していて、診療とは患者と一緒に山に登るようなもの、と言っています。千晶のいるような病院でそれができるでしょうか。

 千晶が勤めているのは、どこにでもある地域の中核病院です。どこにでもある病院で、どこにでもいる医者と、どこにでもいる患者さんが信頼関係を築けないのは寂しいな、という気持ちで書きました。田舎の診療所と比べると余裕もないですけど、それでも患者さんとつきあうことは、同じだと思います。限られた時間の中で医師が患者さんにきちんと向かい合わないと、よい医療はできない。常にそういう心構えは必要だと思っています。

――そう思うようになった理由はありますか。

 患者としての体験です。25年ほど前、夫の転勤でイギリスにいた頃、子どもが熱を出して下痢をしました。状態をわかってほしい一心で、医師に下痢のついたおむつを見せようとしたら強く拒絶され、傷つきました。子どもがひどくせきをするので受診したら、「薬局で風邪薬でも買えばいい」と言われて憤りを感じたこともあります。こうしたすれ違いは、診療をめぐる日本とイギリスの文化の差なのですが、その頃の私には、なぜこの医者は自分に向き合ってくれないのだろうと思いました。

 自分が医者になって、実は様々な事情があるとわかりました。それを小説で開示できれば、医者と患者は信頼が築けない間柄じゃないと知ってもらえると思ったのです。

治療に関する疑問…答えることは楽しい

――たとえ良好な関係であっても、お医者さんと患者さんの思いのすれ違いを感じることがあります。取材相手のお医者さんが、長く通院している患者さんについて「繊細でうつっぽくなりやすいから、薬にも気を付けないといけない」と言及しました。あとで患者さんに会うと、「しゅうとめの介護を続けて外出もままならず、うつになりかけた」と言っていました。大好きな先生だからこそ心配をかけたくない、という気持ちだったようです。

 医師をわずらわせてはいけないとか、個人的なことを話したら悪いとか、気遣いがあるのはよくわかります。私は認知症外来を担当していて、患者さんには家庭環境なども必ず聞きます。でも、高血圧や糖尿病で通っている患者さんだと立ち入ったことはなかなか聞けないですね。どうも元気がなくて気になるなと思った患者さんが、実はご主人を亡くしていた、というのをあとで偶然知ったこともありました。

――お医者さんに尋ねたいことを聞きにくい理由として、「専門家にこんな初歩的なことを聞いていいのか」というためらいがあります。

 私にも覚えがあります。自分が医師になって初めて、「聞いてよいのだ」とわかりました。医師は、説明するのがいやなのではなく、とにかく時間に追われているだけだと知ったからです。普通の人が当然持つだろう医療的な疑問に答えることって、医師には楽しい作業なのですよ。

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