いのちは輝く~障害・病気と生きる子どもたち 松永正訓
医療・健康・介護のコラム
家に連れて帰りたい――13トリソミーの子(3)わが子との108日間 「一日一日が大切」
肺がないような状態で生まれ
心臓の奇形も重篤でしたが、横隔膜ヘルニアも極めて重い病気です。横隔膜とは、胸と腹を分ける筋肉の膜です。横隔膜が動くことによって人は呼吸をします。横隔膜ヘルニアとは、先天的に横隔膜に大きな孔が開いている状態をいいます。このため、小腸や肝臓が孔から胸の中に入り込みます。圧迫を受けるために、肺は胎児期に成長することができません。このため、言ってみれば赤ちゃんはまるで肺がないような状態で生まれてくるのです。
手術は、実はそれほど難しくはありません。開腹して横隔膜を縫い合わせるだけだからです。しかし、手術前後の赤ちゃんの呼吸や血液の循環を管理するには、極めて高度な治療が要求されます。医師たちは不眠不休で赤ちゃんの集中治療にあたります。小児外科疾患の中で、最も治る確率の低い病気なのです。
医師たちは懸命になって桜ちゃんを支えました。そして生後18日目、横隔膜ヘルニアの手術に成功しました。呼吸状態も徐々に改善し、生後98日目に気管内チューブを抜いて、人工呼吸器を外すことができました。医師や看護師、助産師たちは、桜ちゃんの状態や治療を丁寧にやさしく説明してくれて、夫婦を絶望から救ってくれました。
赤ちゃんと帰宅を希望 医師は「様子を見ましょう」
桜ちゃんの母親は看護師でした。だからモニターの見方も分かるし、赤ちゃんのケアもできます。そのため、ケアの一部にも参加させてもらっていました。母親は、自分の看護師としての能力を活用して、何とか自宅に桜ちゃんを連れて帰りたいと思うようになりました。その気持ちを医師たちに伝えました。
医師たちは「短命」という言葉をくり返し使って説明します。そうであれば、一日一日がとても重要なはずです。ところが、母親の希望を聞いた医師は、「様子を見ましょう」と言うばかりで、家に帰る動きは少しも進みませんでした。
赤ちゃんが生きる上で短命の宣告は必要なのだろうかと、母親は疑問を持ちました。短命と言われ続けると、入院期間が長くなってきた時に、申し訳ない気持ちが湧いてきてしまいました。また、短命だから在宅ケアに積極的ではないのだろうかと不安を感じました。
母親の胸に残った後悔
生後108日目。呼吸状態が急変しました。緊急処置が取られましたが、桜ちゃんの命は果てました。
「もう少し一日一日を大切にすることができていたら……。母親として力不足でした」
桜ちゃんの母親はそう言います。 想いを医療者に伝えきれなかったという気持ちが、胸の中に残ったそうです。(松永正訓 小児外科医)
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