Dr.イワケンの「感染症のリアル」
医療・健康・介護のコラム
診断力が試される古い病気 梅毒
今回は猛威を振るっている梅毒の話をします。
梅毒は、2000年には759件しか報告されていませんでした。しかし、だんだんと増え、2016年には4559件にまで上りました。2017年も、5000件を突破したことが分かっており、うち約3割が東京から報告されています。
梅毒はセックスで感染する性感染症です。このため、生殖器の病気と思われがちですが、さにあらず。ありとあらゆる体の部位に病気を起こします。
男性の場合、ペニスに皮膚が薄く削れる潰瘍が出れば、「性病だ」と思いあたり、「性病科」で診断、治療してもらえるかもしれません。しかし、梅毒の潰瘍は痛みがないのが特徴です。だから、生殖器を自分で見ることが難しい女性だと、なかなか病気の存在に気づけない。さらに、こうした症状は数週間で消えてしまいます。
約3か月後に背中や腹などにバラの花が散ったような発疹や、皮膚が盛り上がる発疹ができますが、これもやがて消えてしまいます。しかし、菌は体内で増殖しており、妊娠中だと胎児に感染することもありますし、感染から数年〜数十年後に、髄膜炎や目の異常、弁膜症などの心臓の病気や、認知症のような脳の障害が出ることがあります。
生殖器ではない臓器に病気が出たときは、医師も、梅毒の知識がないとなかなか診断できません。臓器ごとに分類されてきた日本の医療では、そのような傾向がありました。
アメリカでは「梅毒を制するもの、内科を制する」(He who knows syphilis knows medicine)と言います。近年になってアメリカ流の医学が輸入され、また古典的な医局制度が崩壊していく過程で昔はかなり見逃されてきた梅毒が診断されやすくなった――。ぼくは、そのように感じています。
予防や治療の行政支援はない
その一方で、義務はあっても報告を怠ってきた医師も少なからずいたことが、数字に表れていたのではないかと思います。
梅毒は「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」(いわゆる感染症法)の5類感染症に分類されており、医師には、診断7日以内にこれを届け出る義務があります(全例報告)。
性感染症は公衆衛生的に対策を取るのが難しい。日本でも梅毒の増加を観察はしていますが、個別の症例に行政的な介入や対策があるわけではありません。結核ですと、報告後に保健所からの連絡や事情聴取がありますが、梅毒患者には性教育などの予防や治療の行政支援がないのです。
やっても意味がないと分かっている仕事を好きな人はいないでしょう。届け出書類を出したところで、医師にも患者にもメリットがない。そんな仕組みでは書類を提出するインセンティブは上がらないし、ついつい忘れる医者も多いと思うのです。
たとえば、アニサキス症という感染症も届け出義務があるのですが、2013年に届けられたアニサキス症はたったの89例、しかし、診療報酬明細書(レセプト)でのデータでは、アニサキス症の診断は7000件以上あったのです(!)。
とはいえ、我々の外来にも、どんどん新規の患者さんが紹介されてきます。いろいろ述べてきた可能性を差し引いても、梅毒患者が増えているのは事実だと思います。ただ、なぜ、増えているのかは分かりません。
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岩田先生のように、大学教授という職業の方から、「古典的医局制度崩壊」という文言が出てくるのですから、時代の変化が加速しているということでしょう。...
岩田先生のように、大学教授という職業の方から、「古典的医局制度崩壊」という文言が出てくるのですから、時代の変化が加速しているということでしょう。
特に内科系は医局制度の外側でも実施できる学びが増えたので、そこを勘案できる医局と今までの権威や制度を振りかざすことしかできない医局との力関係も含めて、変質していくのではないかと思います。
梅毒が増える理由は、梅毒そのものの変化、感染経路の変化、宿主たる人間や動物の変化に分けられるでしょう。
バイオテロや特定人種差別的な発言は問題ですが、LCCにより人間の出入りが増えたり、海外作物の輸入が増えたり、医学の進歩や家庭内の浄化装置により守られすぎた身体が何らかの抵抗力を下げている可能性はあり得ます。
かかりつけ医や総合診療医の国家的推進は問題もありますが、一方で、カルテの統合により細分化されすぎた医療の弊害を洗い出してくれるかもしれません。
放射線診断科や感染症内科は厄介症例における皮膚から内臓各所までの統合した情報を目にする機会が多いですが、そういう目線を機器の進歩が補ってくれるということです。
特定臓器への治療が、結果として他の臓器へ悪影響を及ぼすことはあり得ることです。
偽膜性腸炎や広域抗生剤乱用によるアキレス腱断裂や耐性菌の出現のリスクなどを知っていれば、漫然とした薬剤の使用のリスクは分かりますし、それは抗生剤だけではないでしょう。
勿論、薬剤だけでなく、診断と治療のコストの見直しによって、医療が改善されるように誘導しないといけませんが。
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