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精神科医・内田直樹の往診カルテ

医療・健康・介護のコラム

交通事故の後遺症 せん妄状態の原因を絶つ

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私の名刺を破り捨てたAさん

 私は初診時、名刺を渡してご 挨拶(あいさつ) します。Aさんは名刺を受け取るやそれを破り捨て、「県警にこんな (やつ) はおらん!」といきなり怒り出しました。そこで、警察時代の思い出話などをじっくり聞きながら診察を進めると、血圧や体温の測定から血液検査まで行うことができました。

 Aさんは、これまでの経過から脳出血が原因の脳血管性認知症で間違いなさそうでした。

 Aさんには、また、記憶力や注意力、集中力の低下がありました。しかも、比較的はっきりしていると思うと、数時間後には悪くなる……というように、調子の波があり、特に夕方から夜間にかけて悪化していました。これらが、せん妄状態です。

処方されていた薬剤が原因だった

 せん妄状態では、自分がどこにいるのか、周囲にいる人が誰なのか、あるいは日付や季節などの時間に関する感覚が怪しくなります。

 せん妄は、認知機能が低下した時に別の要因が加わると、多く見られるようになります。

 たとえば、手術直後や、血圧が大きく変わったり心肺機能が弱ったりした時、感染症にかかったり、発熱や下痢や脱水状態にあったりすると起こります。骨折したために歩けなかったり、拘束されたりして思うように体が動かせない状態にある、または睡眠が足りない、飲酒や断酒などが重なる……などで発症する場合もあります。また、急激な生活環境の変化や家族との離別や死別、経済的問題や孤立感に苦しむなど、環境面での問題も原因となります。

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 中でも要因として多いのが、薬剤の影響です。胃薬(特にH2ブロッカー)、精神安定剤(抗不安薬、睡眠薬)、抗パーキンソン病薬、ステロイド剤などが原因として挙げられます。

 何年も続けて飲んできた薬が、ある日、せん妄状態を引き起こすこともあります。これは、加齢に伴って脳の機能が低下したことが原因と考えられます。

 気になって、以前の病院で処方されたというAさんの薬を確認すると、胃薬と睡眠薬がありました。交通事故の後遺症で脳の機能が低下していたところに、胃薬や睡眠薬が誘因となり、せん妄が起きていたのでしょう。服用をやめると、興奮することが急激に減りました。せん妄は、それを引き起こす要素を取り除くだけでよくなることが少なくありません。

 症状が出た時に、「認知症が進んでしまった」「状態が悪化した」などとあきらめず、医師も家族も、何か改善できる方法があるのではないかと考えることが重要です。(内田直樹 精神科医)

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内田直樹(うちだ・なおき)

医療法人すずらん会たろうクリニック(福岡県福岡市東区)院長、精神科医、医学博士。1978年長崎県南島原市生まれ。2003年琉球大学医学部医学科卒業。福岡大学病院、福岡県立太宰府病院を経て、10年より福岡大医学部精神医学教室講師。福岡大病院で医局長、外来医長を務めた後、15年より現職。日本精神神経学会専門医・指導医、日本老年精神医学会専門医、NPO法人日本若手精神科医の会元理事長。在宅医療の普及を目指して「在宅医療ナビ」のサイト運営も行っている。編著に「認知症の人に寄り添う在宅医療」(クリエイツかもがわ)。

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2件 のコメント

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あじさい

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2018.3.1のコラムを拝見致しました。某精神病院が母体の老健勤務の看護師です。昨年夏京都府から引っ越してきたのですがビックリしたのが、睡眠薬や精神安定剤・認知症薬を飲んでいないひとの方が少ないことです。そこのやり方があるので、仕方ないですが80床のうちの40床の認知症専門棟に勤務しています。引っ越す前の関西でも老健勤務でしたが、飲まなく良い内服を担当Drが整理してくれていたので、全く飲まなくても済んでいるひとも多数いました。そこも勿論認知専門棟です。今の老健は入所したまんまの薬を、ズーット服用していることです。先生のコラム通り最小限の内服の整理を、うちの施設長にもしていただきたいのですが、10年以上もそれできたので新参者には難しい問題です。

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肉体と精神の損傷と社会要因の変化に向合う

寺田次郎 六甲学院放射線科不名誉享受

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事故そのものによる自立度の低下やPTSD、入院という非日常の経過(ICU症候群との兼ね合いも)、事故による離職やその後の退職による社会状況の変化に対する本人の認識と希望の乖離が複雑に絡み合い、さらに各種薬剤の影響が重なるので、医師もご家族さんも、何より本人さんも大変じゃないかと思います。

「県警にこんな奴はいない」とお怒りになったのは認知の低下のせいかもしれませんが、ある日突然に重症患者でなった状態への否認の可能性もあります。
(あるいは、事故の際に退役からそれまでの記憶が一時的に抜けたのかもしれませんが、心が耐えがたい肉体の変化を守るために錯覚を促している可能性。)

そして、入院時の一過性のストレスのコントロールのために必要であった薬剤が慢性期に副作用の方が強くなる可能性もあります。

精神科疾患の薬剤の肉体への作用も、身体疾患への精神への作用も知られていますが、なかなかにさじ加減は難しいですね。
こうやって、文章を見て、文章で返すのであれば、分かりやすいですが、時系列の変化に合わせた薬剤の判断や患者さんやご家族、医療スタッフへの説明も含めると大変だと思います。

今後かかりつけ医レベルでの内科でも睡眠薬の処方は重要になってくると思いますが、その前に本人や家族の話や心理社会的要因の理解が大事になるのかなと思います。

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