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津波逃れた看護師が「震災時の医療」伝える…22人犠牲の病院、高台に再建

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津波逃れた看護師が「震災時の医療」伝える…22人犠牲の病院、高台に再建

16日に落成式を迎える岩手県立高田病院の前に立つ榊田悦子さん(4日、岩手県陸前高田市で)

 東日本大震災の津波で全壊し、高台に再建された岩手県陸前高田市の県立高田病院が16日、落成式を迎える。職員と患者計22人が犠牲になり、残った職員らが仮設施設で被災地の医療を支えてきた。

 当時から勤務する看護師の榊田悦子さん(52)は「様々な思いが込められた開院。支えてくれた人たちに『ありがとう』と言いたい」と話した。

 2011年3月の地震発生時は1階の内科にいた榊田さん。患者らと屋上へ逃れたが、海から約750メートルの病院は津波にのまれ、最上階の4階まで浸水した。職員94人のうち6人も犠牲になった。

 病室のベッドに毛布を敷き、院内で見つかった遺体を安置。翌日、ヘリコプターで救助され、次の日から医師らと約4キロ離れた集会所で診療を再開した。4月から訪問診療を始めると、「大変な時に遠い所までありがとう」と感謝された。

 7月には集会所を仮設診療所とし、翌年2月から入院患者を受け入れた。廊下が狭く、ベッドの患者を移動させる時は小回りの利くストレッチャーに乗せ替え、母親の授乳やおむつ替えは空いた診察室を使った。

 病院にはやがて、震災対応の講演依頼が相次ぎ、職員が順番に体験を話したが、3年が過ぎた頃、記憶を思い起こすことがつらくなった。先輩と話した時、「経験した人にしか分からないこともある」と言われ、「伝えるのは震災を乗り越えた者の役目」と思うように。以来、見学に来る学生に「設備がなくても、看護は人に寄り添える」と伝えており、「これからの医療を担う人たちに経験を伝えたい」と言う。

 新病院は旧病院から直線で約2キロ離れた高台に再建。病床数は60床と10床少なくなり、8診療科で3月1日に開院する。災害時も電気が3日間使える非常用発電機を備え、敷地内には震災の記憶をとどめる旧病院の銘板が移設されている。

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