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昭和大学客員教授、愛育病院長 岡井崇さん…産科医療への信頼築く

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昭和大学客員教授、愛育病院長 岡井崇さん…産科医療への信頼築く

昭和大学産婦人科教授時代の岡井崇さん。尊大さはなく、誰ともやさしく接した(2011年8月撮影)

 ◇追悼抄

  岡井(おかい)(たかし) さん(2017年12月21日、肺がんで死去、70歳)

 おなかにいる赤ちゃんの体重の測定法を日本で初めて開発した超音波診断の第一人者。皇太子妃雅子さまら皇族の診療にも携わった。

 和歌山県出身。東大では外科志望だったが、学生結婚した妻の直子さん(71)の出産時、危険な状態の母子を救ってくれた産科医の姿を見て、志望を変えた。産婦人科に進み、超音波診断の進歩に医師人生をささげてきた。

 昭和大学教授だった2003年秋に転機は訪れた。数ある診療科の中から産婦人科を選んでもらおうと、医学部生ら向けに開いた説明会。あいさつで人員不足を訴えていると、涙がこみあげてきた。

 日本は、出産時に赤ちゃんが死亡する割合が世界的にも低い水準にある。しかし、それが皮肉にも「お産はうまくいって当たり前」という安全神話を生んだ。事故が起きた場合に家族のやり場のない怒りは医師に向かいやすく、医療訴訟が起きやすいとされる。それが学生から産科医が敬遠される理由になっていた。「産科医療はすばらしい」と学生に言えなかった。

 後任教授の関沢明彦さん(53)は「あの涙をきっかけに、産科医療補償制度の創設に力を入れるようになったと打ち明けられた」と振り返る。

 この制度は、出産事故で脳性まひになった子どもに補償金を支払う。過失の有無は問わないため、「訴訟を減らし、産科医不足を改善できる」と説いた。09年の制度開始から9年。自ら委員長を務める第三者機関が原因を分析し、再発を防ぐため、問題のあるケースも隠さず結果を公表した。医療の質は向上し、訴訟は大幅に減った。人任せにせず、約1600件の報告書全てに目を通した。

 なぜ事故は起きたのかなど、家族の抱く疑問を第三者機関に文書で質問できる仕組みを採用した。医療事故で子どもを亡くした経験を持つ、第三者機関委員の 豊田とよだ 郁子さん(50)は「家族の視点も大事にしてくれた」と感謝する。現代医療の抱える課題を社会に知ってもらおうと、計3冊の小説を書いた。07年に出版された「ノーフォールト」は出産事故や訴訟で疲弊する医療現場を描いた作品で、後にテレビドラマ化された。

 病に体がむしばまれる中、直子さんには、次回作の構想を打ち明けていた。テーマは「 おご れる医者たち」。「自分の生活を潤すことしか頭にない医師が許せない人だった。『全ては患者のため』という医師のあるべき姿が失われていると嘆いていた」と語る。告別式には約900人が参列。故人の遺志で香典は心身に障害のある子どもたちに寄付するという。(医療部 加納昭彦)

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