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心療眼科医・若倉雅登のひとりごと

コラム

日本の社会・文化から生まれる「対人恐怖症」…心を支える小さな工夫

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日本の社会・文化から生まれる「対人恐怖症」…心を支える小さな工夫

 前回のコラム 『カンニングしていると誤解されるかも…実は日本人に多い「自己視線恐怖」』 は、自分や他人の視線、脇にいる人や物が気になってしまう視線恐怖症がテーマでした。日本人に特に多く、日本の社会環境や文化と関係が深いことを述べました。

 このように、それぞれの国の風習や祭り、あるいは昔からの言い伝えが、ある種の精神疾患の症状の表れ方と結びついている場合、精神医学では「文化依存症候群」「文化結合症候群」と言います。

視線恐怖症も含めた対人恐怖症は、日本における文化依存症候群に含まれていて、海外でも「taijin kyofusho」と表記します。

 専門書を何冊か読んだところ、対人恐怖症とは「自身の外見(視線も含む)、におい、表情などが人を不快にさせたり、嫌がられたりしているという意識が過剰に生じて、恐れること」とまとめることができます。

自分はなぜ苦しいのか…理由がわかることが大切

 ところで、このコーナーでは以前、私の長男が「場面 緘黙(かんもく) 症」であったことを紹介しました( 「人見知りの患者さん?…実は話したくても話せない病気の場合も」 )。普通に話す能力があって、家などでは問題ないのに、学校など特定の場面では言葉が出なくなってしまう状態です。

 これも、部分的には対人恐怖症と重なる症状と考えられます。視線恐怖症も場面緘黙症も、患者は社交を避けるようになりがちです。そのため、通常の社会生活を送ることができなかったり、強い苦痛を感じることになります。精神医学では、しばしば「社交不安障害」と診断されます。

 長男の場合は、自分が苦しんでいる理由が「場面緘黙症」からきていることを数年前に知ってから、精神的に楽になりました。彼は昨年、自分の症状を「緘黙の歌声」というタイトルのアルバムにしてCDデビューを果たしました。

 自分はなぜ苦しいのか、その理由がわかることがいかに大切であるのかを物語っていると思います。

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201505_第4回「読売医療サロン」_若倉

若倉雅登(わかくら まさと)

井上眼科病院(東京・御茶ノ水)名誉院長
1949年東京生まれ。北里大学医学研究科博士課程修了。グラスゴー大学シニア研究員、北里大学助教授、井上眼科病院副院長を経て、2002年から同病院院長。12年4月から現職。日本神経眼科学会理事長、東京大学医学部非常勤講師、北里大学医学部客員教授などを歴任し、15年4月にNPO法人「目と心の健康相談室」を立ち上げ副理事長に就任。「医者で苦労する人、しない人---心療眼科医が本音で伝える患者学」、「健康は眼に聞け」「絶望からはじまる患者力」(以上春秋社)、「目の異常、そのとき」(人間と歴史社)、医療小説「茅花流しの診療所」(同)など著書多数。専門は、神経眼科、心療眼科。予約数を制限して1人あたりの診療時間を確保する特別外来を週前半に担当し、週後半には講演・著作活動のほか、NPO法人、患者会などでのボランティア活動に取り組む。

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