精神科医・内田直樹の往診カルテ
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認知症の改善可能な部分を見逃さない
夜中の物音に苦悩する夫

ずるずると衣類を引きずるおぼつかない足音、冷蔵庫を何度も開け閉めし、がさごそ中をあさる音……。真夜中の台所にいる妻の姿を思い浮かべながら、Aさんは深くため息をつくと、耳を塞ぐように布団をかぶり直しました。台所に散乱した食べ物を掃除しなければならない朝が、またやってくるのです。
Aさんの妻は、専業主婦として2人の子供を育てあげました。息子の嫁が、出産後まもなく亡くなるという不幸があった後は、Aさんとともに、孫の養育にも尽くしてきました。
その妻にもの忘れが目立つようになったのは、7、8年前、80歳代を迎えた頃からです。買い物に行って何度も同じものを買ったり、大事な約束を忘れたりすることが顕著になりました。5年前に胃がんで胃を全摘したことや、親しかった友人たちが相次いで亡くなったことが重なり、意欲や活動量がぐっと減りました。
妻が「要介護2」に認定され、毎日デイサービスに通うようになった頃から、家事のほとんどはAさんがするようになっていました。
しかし無理がたたったのか、80歳代後半のAさんも慢性腎炎が悪化し、透析治療のため週3回の通院が必要になりました。それでも、妻の介護や内科への通院に付き添ったりしていましたが、やがて限界が近づいていました。
「このまま一緒に暮らすのは難しいのではないか」
二人の変化に気づいたのは、娘でした。
久しぶりに家を訪ねると、父親がささいなことにいらだち、母親の行動を、逐一強い口調で責めていたのです。父の叱責を恐れた母は、自室に引きこもるようになっていました。
日中はベッドの中でうとうとと過ごすことが増え、デイサービスに出かけても寝ていることが多くなった母は、生活が昼夜逆転し、夜、父が寝静まった頃に起き出して食べ物を探すのです。
「お父さん、無理が来ているのじゃない? いつものお父さんじゃないみたい」。娘の言葉に、このままでは共倒れになってしまうと、Aさんが気づきました。
「自宅で一緒に暮らすのはもう難しいのではないか?」「では、病院に入院させるべきなのか?」「だが、入院しても、夜に歩き回ると、身体拘束されてしまうのじゃないか?」――。悩んだ末に父娘がケアマネジャーに相談したことから、私たちが訪問診療することになりました。
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